幽霊は物理的に存在しない

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私は幽霊を信じないどころか、99%は物理で説明できると断言する。
低周波、光学錯誤、脳の一時的な誤作動による認識だ。

事故物件が安くなるのは市場原理であり、合理主義者にとっては都合が良い。
だから私は、家賃5万8千円の築40年アパートに住んでいる。
都内で駅から近いが。以前の住人が自殺をしたらしく、その後に住んだ住人達が「黒い塊を見た」と言って逃げ出し、中には精神科に通い始めた者もいる。
不動産屋は言葉を濁したが、要するに出るらしい。

笑わせる。

私は仕事が長続きしない。上司の無能費に耐えられないからだ。いや、正確に言えば、耐える必要がない。
論理の通じない環境に身を置く意味がないので、結果、職歴は見事にまだらで、収入は安定しない。
だから安い部屋に住むしかないのだ。

この部屋は角部屋で、風が強い日は妙な唸り音がする。私は外壁のクラックから入る風速と室内共振を計算した。19Hz前後。眼球共振に近い。視界の端に影が見える条件は揃っている。
前の住人はそれを「黒い塊」と呼んだのだろう。

愚かだ。

先日、風呂場で視線を感じた。
鏡、湿度、睡眠不足。今の仕事で三日寝ていなかった。背後に誰かいる錯覚は、脳がよくやるバグだ。
私は鏡に向かって笑い、シャワーの温度を上げた。

だが昨日、浴槽の内側に無数の指紋がついていた。
内側だ。
乾いた状態でなければ残らないはずのものが、水を抜いたあとにびっしりと浮いている。
数百どころではない。何千。何万。底から縁へ、這い上がろうとした跡。
私はまず、自分を疑った。
掃除をしたら落ちた。
湯垢が、思い込みでそう見えただけだ。

愚か者の所業。

だが苛立ちは収まらない。
風が強い夜は19Hzの低周波が窓から吹き込む。
それで「黒い塊」や「白い指」が視界の端に見えるのは理屈で説明できる。
そして、エアコンの温度が24度を示すのに、左肩だけが異様に冷えることに気付いた。サーモグラフィを当てると、そこだけエアコンの風があたっていない。

それから、キーボードを打つ指に、もう一本、白い指が重なっているのを感じた。
視界の端で文字が崩れ、アルファベットが顔になる。口を開けた顔の羅列。
睡眠不足、側頭葉、視覚野のノイズ。

最近、夢を見る。
見知らぬ家族。狭い風呂。溺れる老人。
目が覚めると、浴槽の縁に新しい指紋が増えている。

理屈では説明できないこともあるが、幽霊とは言わない。

Luck TARO(匿名希望)

「奇妙な話を聞かせ続けて・・・」の応募作品です。
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