本稿執筆時は2026年1月である。
干支は午年という事で、ウマに関するオカルトを見てみよう。
改めて考えてみると、現代人にとってウマというのは身近なようでそこまででもなく、人と暮らすにしてはあまりに人とかけはなれた異形の生物である。
こういう「よく考えると異常、異形なもの」というのは、オカルトへの入り口になり得る。
奇妙な生物、ウマ
まず、生物としてのウマの奇妙さを知っておこう。
ウマは、ウマ科ウマ属に分類され、家畜として利用される。
野生種のノウマが存在し、その姿は家畜のウマと大きな差はない。
人間と比較した時、その最も異なる部分は四肢の形状だろう。
いずれも中指しか存在せず、爪は分厚く大きい蹄の形を取り、歩行、走行以外の「物を掴む」ような動作は全く出来ない。
更に、膝関節の構造上、立ったまま眠る事ができる。
食性も異常の一言で、人間は全く消化出来ない堅固なイネ科植物の葉から、共生細菌の助けを借り、エネルギーを取り出せる。
18世紀初頭に改良によって作られたサラブレッドは、競走馬として良く知られる品種で、人を乗せて80km/hものスピードで走る個体も存在する。
一方、このアンバランスな改良は、容易に骨折を起こし、神経質な性格特性も表れやすい。
これだけ人とかけ離れていながら、人の感情を読み取る知能があり、犬などと同様、かなり高いレベルの意思疎通を可能とする。
これにより、人を乗せて走ったり、荷駄を引いたり、農耕のため馬鍬などを取り付けるといった仕事も可能だ。
この奇妙かつ有用な動物を見た古の人々が、神が家畜としてウマをデザインしたと考えたとして、責められはすまい。
オカルトにおける馬々
では、オカルトで語られるようなウマは、どのようなものがいるだろうか。
有名どころで言うと、北欧神話に「スレイプニル」が出て来る。
主神であるオーディンが騎乗する軍馬で、8本脚である。
あり得ない形状のようだが、ウマの脚先は中指であるから、退化した親指辺りを復活させたと考えると、割と安定した走りが期待できそうだ。
「飛ぶように走る」と言うが、スレイプニルはそのまま飛行も可能とされる。
飛ぶウマと言えばギリシャ神話の「ペーガソス」、英語読みで「ペガサス」も有名処だ。
ポセイドンとメドゥーサの子とされるが、英雄ペルセウスがメドゥーサの首を切った時に傷口から生まれたという説もある。飛行のため翼が生えている説を採る場合、六肢が存在する事になるため、生物学的に言うと哺乳類より昆虫に属する可能性もある。
ギリシャ神話では、「クサントス」も名のあるウマだ。
西風の王ゼピュロスとハルピュイア(ハーピー)の子とされ、英雄アキレウスが戦車を曳く騎馬にしている。
不死身ではあったようだが、そこまでスポットの当たる存在ではない。
種属名になるが、ユニコーンも有名だろう。
名前の通りUNUS(1つ)CORNU(角)が生えたウマで、狂暴で処女好きという性質からネットスラングにもなっている。角が解毒作用を持つとされ、ユニコーンの角を騙ってイッカクやセイウチのキバなどが売られる事もあったという。
だが、最古の資料とされるクテシアスの『インド誌』においては、ロバと表現されており、その他の伝承で「蹄が割れている」とされる事がある。日本語訳も「一角獣」であり、「一角馬」でない事から、ウマとは根本的に違うキメラ的なUMAである可能性が高い。
処女好き要素については、ユニコーン伝説というより、「猛獣をもなだめる処女の力」という処女信仰側の文脈からの導入と解釈した方が無理がない。
尚、2本角の場合「二角獣」であるところの「バイコーン」と呼ばれ、ユニコーンと対比させられるが、2本角の獣はウシ科に普通に存在するレギュレーションなので、こちらもウマとは解釈し難い。
実在寄りのウマと言えば、『三國志』に登場した赤兎馬が有名だろう。
汗血馬とされ、よく走るらしいのだが、この「汗血」という部分は諸説ある。
毛が血色に見えたという説、寄生虫による皮膚病で血が滲んでいた説などがあるが、素直に受け取るなら「実はカバだった説」が最有力だろう。
カバは皮膚を保護するため、ピンク色の粘液を分泌し、これが「血の汗」と表現される。
カバとウマは全然違うと思うかも知れないが、それはサラブレッドと口を開けたカバをイメージするからだ。
野生下のカバの横顔は精悍で、ウマを思わせる。厚みのある農耕馬や軍馬を比較対象にすればさらに似る。
体長は3mほどでウマとほぼ同じだが、体重は倍近くあり、その口はワニさえ食い殺す。
飼い慣らすのは困難だが、戦象を使った国家もあったのだし、上手く軍河馬として使う事もあったのではないか。
日本の伝承のウマ
日本の伝承にもウマは出て来る。
三河の民話で、黒いウマが竜に変じたという話がある。
酒を好み、岩を穿つほどの力があるウマで、最後には竜になって飛んで行ってしまったという。
これはどちらかというと、戯れでウマに化けていた竜が正体を現した、という方が良さそうだ。
ウマに化ける竜というと、『西遊記』で三蔵法師一行に同行した玉龍も、これに当てはまる。
妖怪の文脈では、岡山県や熊本県に伝わる伝承に「さがり」がある。
路傍の榎(エノキ)の古木に、ウマの首がぶら下がっているという猟奇的なビジュアルで、鳴き声を上げ人を驚かせる他、直接見ると熱病に冒され、ウマを曳いてうっかり下を通ると、曳いていたウマが呪われるという。
鳴き声はともかく、ウマの腐乱死体がぶら下がった木と考えると、近付いて感染症になる可能性はあり得る。
木にぶら下がる状態は、繋いでいたウマが暴れて首を吊ったり、洪水などで流された死体が引っかかる可能性などが考えられる。榎は河川敷に群落を形成する事もあるので、洪水説は理屈にも合う。
他に、福岡県にはぶら下がっているのが首ではなく「足」というバリエーションもある。
こちらは、夜に現れ、迂闊に近寄ると蹴飛ばされるという、直接的に剣呑なものだ。
もう1つ、最近はウマの魂が人間に生まれ変わるという話もある。
特に多くの人に記憶された競走馬などの場合、輪廻転生を経ても性質を残し、ウマの頃と同じように走るのが速く、大食らいな人型の妖怪になるという。
こちらは、歴史の極めて浅い妖怪物語だが、もう1000年ぐらい寝かせると、良い感じに妖怪伝承か神話として定着するのではなかろうか。
凸凹な人とウマ、隙間にオカルト
家の中やすぐ傍らにいた犬や猫と違い、人とウマには距離がある。
だが、その大きな違い故に、ウマと人は互いに不要なリソースを分け合い、互いを補い共存してきたとも言える。
そして、あまりに違う部分に、神性を導入し、龍に変じる伝承などが生まれていったのではなかろうか。
目の前のウマを、単なる動物と割り切りきれないしなやかな感性は、世界の隙間に色を付けてくれる。それが、オカルトの幸せな立ち位置ではなかろうか。
※画像はイメージです。


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