失敗かを見直して勝利に繋げた日本海海戦

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2025年で日露戦争の日本海海戦から120周年となります。
大国ロシアの海軍に圧勝したこの海戦で日本海軍は戦法の見直しで挑んだのです。

目次

丁字戦法

艦隊の海戦における戦い方として軍艦が一列に続く単縦陣同士が並んで撃ち合う形が帆船時代から採られていました。
この戦い方から新たな方法を打ち出したのが丁字戦法です。
日本海軍連合艦隊参謀である秋山真之中佐が発案したとされる丁字戦法は敵艦隊の先頭を全力で攻撃し敵艦隊を圧迫し、この圧迫する段階で敵艦隊の前を横切る形の丁字になる位置に連合艦隊は進む。

この丁字が完成した段階で連合艦隊は火力の全力で先頭の敵艦を攻撃するのである。この丁字の形を維持する為に艦隊を一斉回頭するともされている
丁字戦法は艦隊の火力を敵先頭艦に集中し撃破する事を目的としている。その先頭艦が艦隊を率いる旗艦である事から攻撃を集中するべき目標となったのです。

丁字戦法が失敗した黄海海戦

丁字戦法が最初に試されたのは1904年(明治37年)8月10日に起きた黄海海戦です。
旅順に停泊していたロシア太平洋艦隊もとい旅順艦隊は日本陸軍による旅順攻略戦が始まり旅順からロシア極東の軍港ウラジオストクへ向かう。
連合艦隊は旅順艦隊撃滅の好機と黄海で海戦を挑みます。連合艦隊は丁字戦法を実行し旅順艦隊の進路を阻む位置に出ましたが、旅順艦隊は連合艦隊から離れるように針路を変えて旅順へ逃がしてしまいます。

問題は敵艦隊が連合艦隊から離れる動きをした事と、敵艦隊と距離1万メートルで丁字戦法に動き出す一斉回頭を始めたのが遠く敵艦隊の動きを抑える事が出来なかったのが失敗の原因であった。

日本海海戦で成功

黄海海戦の失敗から連合艦隊は丁字戦法を始めるを敵艦隊と1万メートルから8000メートルに縮め、砲撃開始も黄海海戦で問題となった遠距離ではなく近づいて撃つ事と改めた。
そして迎えた1905年(明治38年)5月27日、ヨーロッパから遠征の末に対馬海峡を突破して日本海を経てウラジオストクへ向かうバルチック艦隊と連合艦隊は日本海海戦で激突する。

連合艦隊はバルチック艦隊と距離8000メートルに達した所で一斉回頭を始める。この時に連合艦隊を率いる連合艦隊司令長官の東郷平八郎大将は右手を挙げると左へ下ろす動作で一斉回頭を始める指示を出したとされ東郷ターンの伝説になっている。
一斉回頭によって連合艦隊の先頭集団である戦艦「三笠」をはじめとする戦艦はバルチック艦隊の先頭へ火力を集中して浴びせた。

連合艦隊の集中砲撃で先頭を進むバルチック艦隊の旗艦である戦艦「クニャージ・スヴォーロフ」に大損害を与え、乗っていたバルチック艦隊の司令長官であるジノヴィ・ロジェスチヴィンスキー中将に重傷を負わせバルチック艦隊の指揮能力を失わせ海戦は日本側優位に進む事になる。
黄海海戦の失敗から改善を図り丁字戦法をより効果的な戦法に仕上げて連合艦隊は日本海海戦に勝利できたのです。

※画像はイメージです。

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