「多元宇宙」深みにはまってみたい

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「もしも~」といった形で様々に世界の有り様を夢想するのは古今東西、人間という物思う生き物に共通する性質である。などと誰かが言ったような物言いですが、実際に現在のエンターテインメント業界ではこうしたテーマをよく見掛けるようになりました。

中には「並行世界」や「世界線」などといった用語を取り入れ、一見すると荒唐無稽とも取られる物語に論理的なバックボーンを加えた「ハードSF的」なるものを、取り沙汰されるようになって来た。
このような「論理」の背景となるのが「理論物理学」に端を発する「多元宇宙論」であると言えます。

昨今では「マルチバース」という言い方も見掛けるようになり、語彙よりは視覚的なイメージを先行して持って居られる方も少なくないかもしれません。
今回は「機動戦士ガンダムGQuuuuuuX」という題材を例に、更に「ガンダム」シリーズならではの「ミノフスキー物理学」を織り込むと、どのように視点が変わっていくのか迫ってみたいと思います。

目次

「量子論」が夢見た世界の一つ「多元宇宙」論を紐解く

「ユニバース(uni-verse)」という言葉に対して「マルチバース(multi-verse)」という言葉で昨今耳にする事も増えて来た。表面上の話だけを掬い上げると「宇宙が幾つもある」「同じ容姿の人物がそれぞれに居る」「話によっては合流して同じ人間が増えたりする」、見ようによっては不気味な、オカルト染みた話題に映るかもしれません。

少々本筋から離れた余談ですが、この「多元宇宙(multi-verse)」を始めに提唱したのが「心理学者」にして「哲学者」であった「ウィリアム・ジェイムズ」という人物です。
表題ともなっている「多元的宇宙」という言葉が見られ、宗教心理学等の基礎付けとして形而上学の体系的構築を目指した論旨である事から、語彙の方にその性質が残っていたという事もあるのかもしれません。

実の所、現在「理論物理学」の領域で語られる場合でも、例えば「貴方の見ている宇宙と私の見ている宇宙は、貴方と私という違う存在が認識しているように違う、多元的なもの」という定義をする事が無いという訳ではない。
重要なのが「物理学的に数式化、証明が可能かどうか」という点で以て「物理学的であるか」を諮る事になります。

端的な例として「光速度不変の原理」を元にすると、ある時間範囲で光速が到達する距離より遠い場所。「秒速30万キロメートル」ならば「31万キロメートル先」を「0秒時点で認識する事は出来ない」という論理が成立します。

この「到達限界」を「宇宙光の地平面」と呼び、その先に宇宙があったとしても、そこから来るものが、そもそも存在しない。もしくは、あったとしても宇宙の膨張速度の方が速い。
即ち「何かが存在してもそれを認識する為の手掛かりが存在しない」という理由から「観測出来ない宇宙」として「別の宇宙」であるという存在が仮定される事になります。

事象の地平面?

「~の地平面」と呼ばれる「ある宇宙の果て」と言える領域について、「事象の地平面(Event horizon)」というものも存在します。
これは「ブラックホール」が形成する重力場において、光すら脱出不可能となる限界領域を意味するもの。これもまた物理学的に「それ以上先からやって来るものが存在し得ない」という状況を形成しているもの。

「事象の地平面」を形成したブラックホールの深奥に存在すると考えられる、「特異点」に「別の宇宙」が形成されるとする事もあります。
これら幾つか存在する「多世界の存在を提起する解釈」について、量子論の基礎を為す「波動関数」の性質から、多世界の形成過程にまでアプローチを行ったと言えるのが「エヴェレット解釈」と呼ばれる「波動関数の振る舞いに対する一つの解釈」です。

1957年、プリンストン大学の大学院生であった「ヒュー・エヴェレット3世」によって定式化され、1970年代に「量子デコヒーレンス」。
量子状態が外界から影響を受けて変動する事で、干渉性を失い「それぞれ別々の状態」へと移行していく現象が追加された。「多世界への分岐」を起こすという「解釈」として成立し、量子論を巨視的な分野で扱う「宇宙論」等において支持されるものとされます。
また、1976年にSF雑誌が取り上げた事で広く知名度を高めたとされ、SF業界における「平行世界」や「量子コンピュータ」の理論形成に影響を与えたとされています。

ただ、この「多世界」という考え方について、物理学的な観点では「互いに干渉を受けない」からこそ「別世界」であるという事が通底しています。
つまりSF作品の多くが描く「他世界からの来訪者」や「平行世界へ移動する」という現象が「起こらないからこその別世界である」というのが物理学的に正確を期した回答である、という事にはなります。

とは言え、あくまでこれもまだ「現代における解釈の主たる一つ」である。逆説的には「多世界解釈の成立が認識出来ないはずの多世界を説明してはいないか」という言い方もあるもの。
議論は現在進行形であるという、ホットな領域であり、現代量子論が「夢見て」いると言える部分かもしれません。

「ミノフスキー物理学」と「量子論」禁断のコラボレーション!

「理論物理学」において提唱された「多世界」は「互いに干渉できない」からこその「別世界」である。
という起点から、何らかの形で「多世界間の干渉が起きる」という視点はその実現性を否定する所からスタートする形と言うべきものになっています。

「現実の壁」によって出端を挫かれた具合となってしまった所ですが、ここで「ミノフスキー物理学」という現実では未だ到達出来ていない要素。ある設定においては「旧来の物理学を塗り替えた」とも評される要素の存在が根差した世界での挙動に目を向けて見ます。

幾つか提唱されている「多世界」の在り方の内、比較的単純と言えるのが「宇宙光の地平面」や「事象の地平面」の「向こう側」を想定するものです。
これらはここで言う「~地平面」が、言うなれば「別世界への境界」として成立している可能性を仮定する事が出来るものと言えます。

厳密には、それぞれの用語はそもそも「多世界解釈」とは無関係でも用いられる「存在が確認されている物理現象」なので、必ずしもその「向こう側」を提起するものではありません。

まず最初の一歩として、これらの「境界」を越えるには「膨大なエネルギー」。
単純に「光の速度を超えて目標の距離へ到達する」だけのエネルギー量、もしくは「それに匹敵する確率を突破する」だけのエネルギー量というものが仮定されます。
言うなればこのエネルギー量から逆算されるものが「多元宇宙の壁の強度」と言え、相対性理論に拠ればこれは「無限大」という事になってしまいます。

「サイコミュ」を用いた「オールレンジ攻撃」

ここで登場するのが「サイコミュ」を用いた「オールレンジ攻撃」に関する描写です。
これは「ビット」や「ファンネル」と称される小型自走砲台を射出し、ニュータイプ(NT)の適性を持つ人物が「感応波」や「思考波」と呼ばれるものを「ミノフスキー粒子」によって媒介・増幅する事で、文字通り「使用者の意のままに」操縦・照準・射出といった動作を行わせるものです。

ここで重要なのは、これらの装備が宇宙という極めて広い範囲での動作を前提としながら「リアルタイムで」動作し、しかも使用者はその動向を「フィードバック」して認識出来ているという点になります。
これが具体的にどのような物理現象を起こしているのかという点については定かで無い事が多い。現象面において考えると「単純な無線操縦に近いもの」を「極めて細密」に、しかも「宇宙空間という広大な領域」で「ほぼ時差ゼロの双方向送受信」を行うというものになります。

特にここで重要となるのは「時差ゼロ」と「双方向送受信」の部分であり、これらを総合して考えると、かなりの確度で「オールレンジ攻撃は使用者と端末の間で超光速の送受信が成立している」可能性が示唆される事になります。
作中での断片的な説明によると、ニュータイプとは人類が宇宙空間に適応する際、認知能力が宇宙空間という広大な空間に対して飛躍的に増強された存在である。場合によってはそれが空間的距離や物理的障害を超越する「超知覚」的なものやサイキック的なものまで発現させる可能性までも考慮されています。

その詳細については謎の部分が多いものの、現象面では少なくともこの世界の「ミノフスキー物理学」が「サイコミュ」を「技術」として一定確立させ、適応例は多くないものの「感応波」や「思考波」と呼ばれるものを「ミノフスキー粒子の共振」として認識、信号として増幅させ、電子的な操縦を可能にする所まで「利用」している事が描かれています。

「ミノフスキー物理学」と「サイコミュ」

これらの描写を踏まえると「ミノフスキー物理学」を根底とした「サイコミュ」技術は、個々人の資質に強く依存するものの、「超光速」の領域へ「技術的に」到達出来る可能性を示している。「多元宇宙への到達」に手掛かりを得たと言えるかもしれないものとなっているのです。
この段階で言える事は、技術的に「超光速」での「存在認知」を「双方向的」に行えるのが「サイコミュ」を用いた通信であり、これによって「多世界の境界を越えて認知する」可能性が示されているという事になります。
これは言うなれば「夢」や「想像」に近いものであると考えられ、ある種の「予知夢」や「未来視」等として「多世界の出来事」。即ち「近い将来に実現する世界」の情景を認知するというような発現形態が有り得ると考えられます。

「機動戦士ガンダム」において「ララァ・スン」は以降の歴史に特異的な認知能力を持っていたとされる。
「機動戦士ガンダムGQuuuuuuX」においては「ララァ・スン」が「サイコミュ」による増幅を用いずとも、そうした奇跡めいた能力を行使する異能者とされていた事が、それに類するものと考えられます。

この為、何らかの引き金、「機動戦士ガンダムGQuuuuuuX」において「シャアの死に直面する」という「最悪」の結末へ至った精神的負荷とモビルアーマー「エルメス」の強力なサイコミュ増幅によって能力の極大発現が起きた結果、機体ごと自己を「時間的に凍結」させると同時に「多世界の観測器」として形成したという事が描かれました。

これは「ミノフスキー物理学」を前提とした上で、更にその集大成的技術と言える「サイコミュ」に加え「ララァ・スン」という尋常ならざる特異的異能者の存在を前提とする。推論に推論を重ねた「特異事例」の検証となりますが、それらを踏まえた上で「現象の可能性」を示唆するものとなります。

「ミノフスキー粒子」は素粒子でありながら独自の格子構造を持ち、多様な電磁波を格子内部へ強力に保存するという性質があるとされます。
これはエネルギー、「あらゆる電磁波」という形で「情報」等も「安定的に」取り込む事が出来るという事であり、多量の「ミノフスキー粒子」に満たされた世界の宇宙は「見えない高エネルギー」に満たされ続けている状態であるという事が考えられます。

NTの能力と資質

NTはその能力や資質によって「ミノフスキー粒子」へアクセスする事が出来ると考えられますが、中でも「格子の内部まで認知出来る」というレベルに達すると、その内部に保存された「情報」を再構成・認識する事が出来るとも考えられます。

「強い想念を形状として幻視する」「死者の姿や声を認識する」といった現象は、これら「ミノフスキー粒子に保存された情報(思考波や思念波を含む)」を見合った形に再構成して認識した結果であると考えられます。
この現象が更に巨大な規模で共振・増幅されると、その規模とエネルギー量にも左右されますが「認識した事を現実へ転写させる」という所にまで至る可能性が考えられます。

「ララァ・スン」が「シャロンの薔薇」と呼ばれる事になる「時間的に凍結された多世界観測器」を形成したのも、自らをその増幅器である「エルメス」と共に「自身が観測出来ない領域」である「他世界へ送り込む」という「離れ業」を実現させてしまったが故の結果であったという事が示唆されます。

作中において「ゼクノヴァ」と呼ばれた現象の一端、爆心地から周囲一帯を物理的に「消滅」させるという現象については、この「異常な規模のミノフスキー粒子共振」が起こる事で「認知限界の突破」が起ころうとする。
発生源に能力的・エネルギー的な規模が足りない事で形成されるのが「事象の地平面」、言わば「中核の無い極小規模のブラックホール」となってしまい、周囲一定域と共に消滅=質量欠損を起こすという、言うなれば「シャロンの薔薇」が発現させた現象の「不完全版」になると推測されます。

この際欠損させた質量が、エネルギーとなって再び周囲の「ミノフスキー粒子」に保存されるのか、或いは標的となった「他世界」へ流出してしまっているのかという点については、規模や事例によって想定される結果が異なります。
少なくとも作中において「発生源となった機体が残存していた」事から「全ての質量が完全に分解、エネルギーとなった」ものではなく、可能性として「他世界へは干渉出来なかった」と推測されるものになります。

イオ・マグヌッソ

これが「完全」に機能したと考えられるのは、作中最終盤において「イオ・マグヌッソ」と称された巨大装置「シャロンの薔薇=多世界観測器」を中核とする事で「認知限界=別宇宙との境界」を突破させる機能を完全とする。
「ソーラ・レイ」規模のエネルギーを点火エネルギーとして集約させる事で「他世界へ干渉するゲートオープナー」として稼働した際の現象です。

本来「干渉不可能である」はずの「多(他)世界」へ干渉するという事、その矛盾を「自ら解消した」特異点である「シャロンの薔薇」によって逆説的に解消。その機能を引き出す事で「他世界を引き寄せ」或いは「こちら側から接近」して「同化するように」接近する事で境界を開くというような機能が推測される。
完全稼働の際には「宇宙が光る」ように見えたとされるのは、一帯に蔓延していた「ミノフスキー粒子」が共振と干渉によって「反転」…即ち「貯め込む」性質が「放出」へ転じた事が考えられます。

同時に、本来干渉出来ないはずの「境界」が破られる事で相互補完的に「飛び込んで」来るエネルギーがそのように「見えた」ものと考えられますが、これらはNTの「認識限界を突破する」認知能力が必要になる「超光速の光」とでも言うようなものと言えそうです。
かくして双方向性が確立された「境界領域」では莫大なエネルギーによる質量の形成…即ち「物体の移送や生成」すら可能になるという状況まで描写されました。

事此処に至ると、オカルトを通り越して推論も困難な「奇跡的状況」と言う他無い所ではあります。
認識限界を突破するという壁が破られている事で、新たに「宇宙を創造する」という段階にまで至らんとしている途轍もない状況であった事を考えれば、その過程で起きた現象はそこまで行かないものだった、という事になるのかもしれません。

「ミノフスキー物理学」という想像の産物を行使して尚、奇跡と偶然が何重にも積み重なった現象という事になってしまった「多元宇宙の接触」ですが、或いは現実にもこのような「奇跡」が何処かで花開く事があって良いのではないでしょうか。

量子力学誕生から100年

2025年は、量子力学が一つの分野として誕生、「ハイゼンベルクの行列力学」と「シュレディンガーの波動力学」が提起されてよりちょうど100年に当たるとされます。

日本においては「昭和元年」より数えてちょうど100年とも言われるこの年、時を越え、技術の領域では電子機器等の発展に多大な貢献を果たし、創作の世界では未だ収まりきらない話題をまだまだ提供してくれる知の世界の窓としてその存在を大きなものとしています。

「機動戦士ガンダムGQuuuuuuX」のような作品を契機にして物理学や量子論といった話題にもより深く関心を持って頂く、本記事がそんな一助になれば幸いです。

「多元宇宙」と「ガンダム」
某「大戦」シリーズや「ジェネレーション」シリーズを横へ置くと意外?にもあまり取り上げられなかったテーマではないでしょうか。筆者はもちろんどっちも大好物です。

※画像はイメージです。

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