杜の都・仙台には、ある秘密が隠されています。
それは「仙台六芒星」。昔から住んでいる方なら、なんとなく聞いたことがある程度の話なのかもしれません。
地元民の私が信頼できるとされる資料に基づき整理しつつ、考えていきます。
仙台六芒星
仙台城下の町割りや神社の配置には、一見偶然とは思えない規則性が存在するという話があります。
それが「仙台六芒星」なのです。
仙台城の本丸を起点として、榴岡天満宮、青葉神社を結ぶ三角形、そこに愛宕神社、仙台東照宮、大崎八幡宮が結んだ逆三角形が重なり、結ぶと六角形の星形、つまりは六芒星が浮かび上がります。
六芒星は六つの頂点を持つ幾何学的図形で、ユダヤ教では「ダビデの星」として神聖視され、イスラエルの国旗にも描かれています。日本では古くから籠目紋として魔除けや建築装飾に用いられ、伊勢神宮周辺の石灯籠に見られるのがその例。
陰陽道では、五芒星を陽、六芒星を陰として、様々な霊的攻撃から守るための結界などとして使われてきました。
つまり「仙台六芒星」とは、仙台城下を霊的に守る防御壁として設計されたものだと言う訳です。
偶然では?
一見、偶然とも思えますが、そうだとは言い切れないいつくかの理由があります。
まず六角形の形が北から約105度傾けて描かれ、ひとつの頂点が北東の鬼門に向いています。
鬼門とは鬼が出入り方向といわれ、ここに仙台東照宮を置くことで門として侵入を防いでいるのです。
他にも、基点となる建物が高台に設置され、空中に貼られた結界を妨害しないように建物の高さを制限するよう藩令が定められていました。
これだけでは証拠として十分とはいえませんが、碁盤目状につくられた城下町や都市計画の背景も踏まえると、六芒星の配置説は完全に根拠のない話ではないと思えます。
もう一つの意味
この「仙台六芒星」は結界以外にも、もう一つの役割があったようです。
そもそもですが、幕府に許可を取って進めた伊達家の都市計画事業なのですが、六芒星の存在を知られないように、慎重に4代かけて遂行しました。
仙台東照宮はあくまでも家康への敬意を評して建設したのでしょうが、それであれば、結界の要とも言い得る鬼門に建てたのはなぜ?
私が想像し妄想したのは、家康そのものが伊達家にとっての鬼、忌むべき存在として捉え、いつかは反旗を翻すのだという意思を隠し、示したのではないかと思うのです。
仙台に来てください
仙台六芒星の話は、城下町の都市計画や神社の配置と結びつけて考えると、伊達家の都市整備という歴史的事業の一環として理解できます。
ただし、六芒星が意図的に計画されたかどうかは、史料上ははっきりしていないため、あくまで仮説的にとどまります。
実際に城下や神社を巡りながら、仙台六芒星についてを自分の目で配置を確かめてみてください。
仙台の平和交通様では「仙台六芒星コース」という観光ツアーもあるので、興味のある方はぜひ利用してみると良いでしょう。
※画像はイメージです。


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