あなたを見つめる不気味な人形たち〜呪われた人形島

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メキシコの世界遺産ソチミルコ。
そこに周囲とは一線を画す場所が存在する。
無数の古びた人形が木々や建物に吊るされ、訪問者を無言で見つめるような異様な光景が広がるその場所は、世界でも屈指の“呪われた島”として知られ、いつしかその場所の特徴そのままに「人形島」と呼ばれるようになった。

なぜ人形島は生まれたのか。
その背景にいるのは1人の不幸な少女と数奇な運命に絡めとられてしまったある男だった。

目次

きっかけは少女の死

世界有数の大都市・メキシコシティの中心部から30キロほど南に進んだ郊外にある水郷地帯、ソチミルコ。
多数ある運河には、メキシコ特有の極彩色で装飾されたにぎやかなゴンドラが浮かび、船上で働く人々や観光客の姦しい声で彩られている。
また、運河にはアステカ時代に農業のために作られた人口の浮き島・チナンパが点在しており、運河の織りなす美しい景観と特有の文化が評価され、ソチミルコはユネスコ世界遺産にも登録されている。

そんなソチミルコに数多あるチナンパの1つの所有者にフリアン・サンタナ・バレラという男がいた。
彼は1950年代後半からこのチナンパに住み始め、島の灌漑システムを管理したり、野菜を作って売りながらひっそりと暮らしていたという。
フリアンはもともと静かな生活を好んでいたようで、第2次世界大戦後、文民統治体制のもと、「メキシコの奇跡」と呼ばれる高度経済成長を遂げて近代化・都市化の波に飲み込まれていくメキシコシティでの生活から離れ、穏やかに暮らすために運河に浮かぶ孤島であるチナンパに居を移したようだ。
しかし、そんなはたから見ればささやかな普通の生活を送っていたフリアンの人生を一変させる出来事が起こる。

ある日、フリアンはチナンパの境界を流れる運河で水面にうつ伏せたまま微動だにしない少女を発見する。
サンタナは懸命に少女を救おうとしたものの、彼が見つけた時にはすでに時遅く彼女は死亡していた。
少女は溺死と見られ、おそらくは不幸な事故に巻き込まれたのであろうと考えられている。
だが、この一件をきっかけにフリアンの穏やかに過ぎるはずだった人生は静かに狂い始める。

フリアンの奇妙な行動

本来、見知らぬ少女の死はフリアンにとって心を痛めるところはあれど、不運な邂逅に違いないし、彼に落ち度はなかったはずである。
しかし、フリアンはこの見ず知らずの少女の死を深く哀れみ、助けることが叶わなかったという強烈な罪の意識に苛まれていった。
さらに少女が最期に味わったであろう、水の冷たさ、息が続かず酸素を取り込めない苦しさ、誰も助けてくれないという絶望、そして死の確信と共に訪れる恐怖。
少女が経験したであろう恐怖や絶望のイメージが、まるで彼女の怨嗟であるかのようにフリアンに迫ってきたのだ。

少女の遺体を見つけた後日、フリアンは溺死現場付近の水路で人形を見つける。
彼はその人形を大切に持ち帰るとお手製の祭壇を作り、まるでその人形が亡くなった少女そのものであるかのように祀り上げて供養し始めた。
まぁここまでの行動は理解できなくもない。
彼は名も知らぬ少女の死にも心を痛めて思いやることができる、感受性が強くて心優しい男だったのだろうで済ますことはできる。
しかし、一体の人形を祀り上げたその日から男の奇行は徐々に加速し、彼の日常を歪めていく。

フリアンは自身のチナンパに漂着した人形を拾い集めては、島中の木々の枝に吊るし始めたのだ。
さらに流れ着いた人形だけに飽き足らず、わざわざ自らの足で人形を求めて持ち帰っては木々に括り付けていくという執念深さを見せた。
ここまで来ると少女の御霊を供養して人形を集めている、慰霊の儀式とは言い難い。
フリアンのチナンパに足を踏み入れれば、絶えず人形たちの物言わぬ空虚な視線に晒され、夜風に吹けばまるで人形たちの囁きが聞こえるようだったであろう。

取りつかれたように人形を集め、一心に木に吊るしていくその様子は、もはや少女の霊に追い立てられているか、少女を助けられなかったという本来は背負う必要もない罪の意識に苛まれ、彼自身が呪われているかのようでもあった。

奇妙な最期

結局、フリアンは少女の遺体を見つけてからなんと約50年にもわたって人形を求めては吊るすという常軌を逸した行動を繰り返し続けていくことになる。
ソチミルコは様々なチナンパがひしめき合う場所ではあるが、フリアンが所有する人形で溢れかえったチナンパは周囲のチナンパとは一線を画す不吉で異様な雰囲気を醸し出す空間へと変貌していった。

周囲の人々にとっても、このフリアンの行動は労しいというよりいっそ不気味であり、彼のチナンパはさぞ不気味に映ったであっただろう。
それでもフリアンの人形収集の手が止まることはなく、やがて島内の至る所に人形がぶら下がるチナンパは「人形島」と名実共に呼ばれるのにふさわしい様相を呈していた。

そして2001年4月、フリアン自身もついに帰らぬ人となる。
死因はあの見知らぬ少女と同じ溺死。
そのうえ彼の遺体が見つかったのは、昔、少女の水死体が浮かんでいたのと同じあの運河だった。
まるで呪いに手を引かれ、水中へと引きずり込まれたかのようであった。

メキシコの「死」のとらえ方

さて、フリアンの異常ともいえる一連の行動、メキシコの死のとらえ方という視点から考えてみるとどのように受け取ることができるのだろうか。
以降、死生観とは当然諸説・個人によって見解の違いがあるということを前提としてご了承いただいたうえで読み進めていただきたい。

まず、日本で死は「悲しい、辛い」ことだという認識があると思われる。
「死」の捉え方もネガティブだし、そもそも「死」について語ること話し合うこともタブー視する風潮も強いように感じられ、生者の世界と死者の世界はあの世とこの世で明確に分けられている。

一方、メキシコの死の捉え方は日本のそれとは異なり、古代アステカ文明の死生観を引き継いでいる部分が大きい。
死は生の終わりではなく新たな生への通過点であり、一続きの道の上にあるものと考えられているのだ。
日本のように生と死が明確に分断されているわけでなく、「死」を悲しい、辛いものというよりも崇高なものであるとポジティブにとらえる傾向が強い。

有名なのが、某有名映画製作会社の映画でも取り上げられたメキシコ版のお盆ともいえる死者の日だろう。
日本のお盆は死者を偲ぶという側面が強いが、メキシコの死者の日は日本のお盆と比べると恐ろしく派手で賑やかだ。
その象徴とも言えるのがオフレンダと呼ばれる死者を祀る祭壇だ。
メキシコでは死者の日になるとオフレンダが作られ、生者と死者の再会を喜び、故人が好きだった食べ物や飲み物が所狭しと供えられ、鮮やかなオレンジ色のマリーゴールドで彩られる。

また、特徴的なのがカラベラと呼ばれるガイコツだ。
ガイコツモチーフの小物はメキシコ土産として人気のため、知っている方も多いかもしれないが、いわゆる本物らしい真っ白な骨の頭蓋骨ではなく、色とりどりに着色されたポップな見た目のものでオフレンダの至るところに配置される。

オフレンダの豪華絢爛、派手で賑やかな見た目は、先祖の位牌を祀るシンプルな日本の仏壇とは全く似て非なるものといえるだろう。
墓前にもたくさんのカラフルな花々やキャンドルが飾られ、家族や親しい友人などと共に墓参りに行き、死者の日に合わせて行われる大規模に行われる祭りや仮装パレードなどに参加しながら、常に身近にある死を忘れずに今ある生に感謝し大いに楽しむ。
それがメキシコ人の一般的な死生観だ。

フリアンの行動の謎

さて、このメキシコの死生観を念頭に置きながら、フリアンが行った少女の弔いについて考えてみたい。
もちろん不運な少女の死は、とても悲しい出来事であった。
国の違いや死というもののとらえ方に関わらず、人間同士の物理的な永遠の別れは誰にとっても悲しいものであるだろう。
ただ、フリアンのそうした悲しみもメキシコの伝統的な弔いの中でその悲しみも徐々に浄化されていくはずのものだった。

溺死した少女に家族はいたのか、また家族は少女の死を知っていたのかという点はわかっていないが、フリアンが少女の家族の代わりに彼女を弔ったのだとしても、墓を作ってやり、死者の日に合わせてオフレンダを作り祈るだけで完全な他者に対する弔いとしては十分すぎると言えるだろう。
にもかかわらず、フリアンは少女を見つけた場所のそばに落ちていた人形を自己流の祭壇に祀った後も、人形を集めては島中に飾り付けてもはやチナンパ全体がオフレンダであるかのようにしてしまっている。
メキシコの伝統的な死のとらえ方から考えるとかなり不自然であるし、フリアンが少女の死を乗り越え、その後の彼自身の生活を前向きにとらえられているようには到底感じられない。

少女の死を通して、自らにもいつか来るであろう死を恐れ、彼女を助けることができなかったという罪の意識や少女に責められているという被害妄想が呪いと化し追い立てられるように人形を収集していったようにどうしても見えてしまう。
どちらかといえば、フリアンの少女の死というものへのとらえ方は、メキシコの一般的な死生観よりも死をネガティブにとらえ生者と死者を明確に区別する現代の日本人の死というもののとらえ方に似ている部分があるようにも思える。
元々フリアンが、メキシコの一般的な価値観とは異なる考え方の人間だったのか、それとも少女の死がフリアンの死生観を大きく変えてしまったのか、本人も鬼籍に入ってしまった今、真相のほどはわからない。
しかし、ただ見ず知らずの少女を慰霊という表現だけでは済ますことができない恐ろしい気配が島には漂っている。

増え続ける人形

生前、フリアンが自らの人生を賭して集めた人形は50年の時を経て風雨に晒され、ひどい有様となっていた。
無造作に木や建物、フェンス、チナンパのそこら中に括り付けられた人形たち。
服が破れ、四肢が欠け、眼窩は落ち窪み、首が人間ではありえない方向にねじれてしまっている。
しかも人形というだけあって、その見た目が子どもの姿であるものが多いこともかえって悲痛な気持ちにさせられる。
チナンパ全体をオフレンダのように、とは書いたが鮮やかで明るいラテン風の雰囲気が感じられるメキシコ本来のオフレンダとは全く異なるものだ。

フリアンの死をもってこの奇妙な人形収集も終わり、チナンパも元の穏やかな静けさを取り戻すのかと思われた。
しかし島の様子は変わることなく、むしろ悪化の一途を辿っていった。
人形島の噂を聞きつけた人々が、わざわざこのチナンパに人形を飾り付けるためにやって来るようになってしまったためだ。

ある人は当初のフリアンと同じように亡くなった子どもを供養するために。
ある人は自分の持っていた人形自体を供養するために。
中には面白半分に人形を木に括り付けていく不届き者もおり、フリアンの死後もチナンパ内の人形は朽ちて減るどころか増え続けて溢れかえってしまっている。

日に日に人形が増え続ける人形島はいつしか、フリアンの呪いと人形で溢れた不気味な現状からアメリカの某メディア企業によって世界的な禁足地の1つと称され、その存在が世界中に広まるまでになってしまった。

現在、人形島はフリアンの甥が所有・管理しており、メキシコらしい極彩色のゴンドラでチナンパを訪れるツアーなども組まれ、人気の観光スポットと化している。
フリアンの目的が本当に少女の追悼なのだとしたら、禍々しいチナンパ自体を楽しみに人々が集まるこの状況は本当に歓迎されるべきものなのだろうか。
もしもフリアンが本当に呪われて人形を収集し、無情にも亡くなった少女を必死に弔らおうとしていたのなら、浮かばれない少女の呪いはどこへ向かうのだろう。

観光目的で訪れる機会がある人がもし入れば、ぜひこのフリアンの事情を知ったうえで厳粛な気持ちで来訪してほしいものである

フリアンの信じた呪いは迷信か

まるで呪われてかのように人形をかき集めて、禁足地と呼ばれるまでの人形島を作り上げてしまったフリアン。
そのフリアンの呪いを信じ、チナンパの異常な空気を堪能すべく、今では世界中から観光客が集まっているのだが、果たしてフリアンの呪いの話、どこまで本当なのだろうか。

このフリアンの逸話がどのように広まったのか正確な時期はわかっていないものの、おそらくはフリアンが人形を集めて吊るし始めてしばらくし、チナンパの外からも島の異常性が見て取れるようになった頃ではないかと推察できる。
では、ここであなたがフリアンのチナンパのすぐそばに住む住民、あるいは彼のチナンパ付近を日々ゴンドラで通る水先案内人だと仮定しよう。
なにかに取り憑かれたかのように人形を集めては木々に吊るしている本人がまだ島にいる段階で、あなたは人形島に堂々と潜入する気になるだろうか。
今であればインフルエンサーたちが数字や人気稼ぎのためにカメラやスマホ片手にやって来る可能性はあれど、当時そのような者は存在しない。
もちろん、興味本位で島に立ち入る者がいないこともないと思うが、おそらくはあなたや周囲の人々も気味悪く遠目に見て噂話の種にするのがせいぜいではないだろうかと思う。

実はこれこそがフリアンの狙いであり、呪いの話はただの噂話だったとも考えられるのだ。
そもそもフリアンがチナンパにやってきたのは都市の喧騒にうんざりし、できるだけ静かに暮らすためである。
だが、1人でチナンパに移ったとしても、運河をゆく賑やかなゴンドラ乗りたちから話しかけられることもあっただろうし、本人が必要最低限の会話で済ませようとしても世間話や無駄話から逃れられないこともあっただろう。
もし、フリアンが本来であればそうした必要最低限とも考えられる人付き合いすら煩わしいと感じるようになっていき、周囲からどう思われてもいいから静かな生活を手に入れたいと思ったのだとしたら。

少女の死を悼んで、あるいは呪いを解くために人形を飾り始めたという話をでっち上げた可能性も出てくる。
この辺りは人それぞれの解釈に任せられるところだが、人を寄せ付けないために作り上げた人形島が今現在人を引きつけているこの現状はなんとも皮肉な状況だ。

人形島の呪いは解けたのか

平穏に暮らしていたフリアンにおとずれた少女の死と死の恐怖から生まれた呪い。
呪いに追い立てられるように作り上げられた人形島は、今や禁足地と呼ばれるまでに至り、呪い渦巻くおどろおどろしい場所に昇華してしまった。
当初はメキシコの陽気な雰囲気の中で、いっそ白々しいほどに浮いた存在であっただろう人形島。
だが、そんな人形島も長い年月を経て毎日多くの人を受け入れ、メキシコ国内の数ある観光地の1つとして多くの現地民や世界中の観光客やホラーファンたちに受け入れられている。

ここまでの人形島を作り上げたことで、果たしてフリアンにかかった呪いは解けたのだろうか。
それとも彼の奇妙な死に様は、呪いの影を振り切ることができなかった結果だったのだろうか。
島内で縛り付けられたまま、ただ風雨に晒されるだけの物言わぬ人形たちはその空虚な目で私たちになにかを訴えかけるようでもある。
その視線に背筋を冷たく撫でられるのは、きっとフリアンだけではないはずだ。

興味本位で人形島訪問をご検討中の方は、どうぞフリアンや少女、そして人形たちへの敬意と訪問による結果は自己責任であるという相応の覚悟をお忘れなく。

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