幽霊って死ぬのかな?
最近こんなことを考えるようになりました。
「幽霊は既に死んでいるでしょ?」
その通りなのですが、私が思う事はちょっと違います。
幽霊にも活動限界があるのかな?と、疑問におもったのです。
私の幼い頃と家族
私は幼い頃から、得体のしれない声を聞いたり、霊を見てしまうことが多々あります。
それも自宅が旅館の古材を使い建てた家だったので、あちらこちらから物音やはっきりと足音を解る音がしたり、尋常ではない気配を感じることが、しょっちゅうあったのです。
はっきりと姿を現したのは、天袋に棲みついていた軍服姿の霊でした。
私が「家に軍人の幽霊がいる」と何度も訴えていたところ、父が古いアルバムを持ってきて、一枚の写真を指さしながら言いました。
「もしかして、この人じゃないか?」
その写真を見た瞬間、思わず息をのみました。そこに写っていた人物は、霊とまったく同じ顔をしていたのです。
父によると、その人は祖父の弟で、南方の戦地で戦死したのだそうです。
だから「怖い幽霊じゃないよ」と父は言いましたが、子どもの私にとっては、高いところから見下ろしてくるその顔がただただ恐ろしく感じられました。
家の前の道をまっすぐ進むと、一本の柿の木があります。
私が物心ついた頃、近所のお爺さんがその木に縄をかけて命を絶っていました。
夕暮れどき、ふと路地を曲がると、その柿の枝にぶら下がり、ゆらゆらと揺れるお爺さんの姿を何度か見てしまったのです。
怖くなって母に話すと、「あの人はね、たった一人の家族だったお婆さんを亡くして、寂しさに耐えられなくなったのよ。だから怖がるんじゃなくて、憐れんであげなさい」と言われました。
他にも沢山の不思議な事を体験したのですが、我が家は家族全員が幽霊の姿を見られる体質で、私の話を誰も疑うことはありませんでした。
普通の家庭なら「おかしなことを言う子だ」とか「病気じゃないか」と心配されるところですが、うちではごく自然に受け入れてくれたのがありがたかったです。
昔と違う風景
私は高校を卒業してから、一度も実家に泊まったことがありません。
いくら大丈夫と言われても、天袋の軍人の霊や柿の木のお爺さん、そして、それ以外のいろいろな幽霊に慣れることができなかったのです。怖いものは、何歳になっても怖いまま。
だから卒業と同時に家を出て、用事があるときだけ昼間のうちに帰り、日が暮れる前には必ず東京へ戻るようにしています。
あれからずいぶんと年月が過ぎ、気がつけば私は「オバチャン」を通り越して、「おばあちゃん」と呼ばれてもおかしくない年になりました。
先日、久しぶりに田舎へ帰ったのですが、家の中を覗いても、路地を歩いても、あの頃のような仄暗い場所がひとつもないのです。
不思議と気味の悪さも感じず、むしろ「なんでだろう」と思いながら家の隅々まで見て回りましたが、どこにも“闇”がありませんでした。
ふと考えてみると、あの天袋の軍人の霊も、柿の木のお爺さんも、もうずっと見ていません。
町を歩いても、かつて“何か”を感じた場所は減り、霊の気配そのものが薄れているように思います。
最初は、私が年をとって感性が鈍くなったのだろうと思いました。
けれど、今でも幽霊をまったく見ないわけではありません。
私が思った事
そう考えていたとき、ふと思い出しました。
二十年ほど前、家の近所に鎧武者の霊が出ると噂になった心霊スポットがありました。
当時は誰もが「見た」と口にしていて、私も偶然その場所を通りかかったとき、確かに鎧武者の姿を目にして肝を冷やしたのを覚えています。
それを思い出すうちに「もし自分の感覚が鈍くなっただけなら悔しい」と妙な気持ちになり、恐る恐る心霊スポットを再び訪ねてみました。しかし、かつてのような気配はまったく感じられず、ただの何もない場所になっていました。
霊は土地に染みついた“磁場”のようなものだと聞いたことがあります。
もし本当にそうなら、霊にも「寿命」のようなものがあり、時の流れの中で少しずつ存在が薄れ、やがて消えてしまうのかもと思ったのでした。
霊の寿命はあるのかないのか?
どう思いますか?
※画像はイメージです。


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