イーゴリ・ディアトロフと8人の男女が厳寒のウラル山脈で集団怪死をとげたのは66年前の冬だった。
テントを内側から切り裂いて脱出した痕跡。遺体の異様な変色。眼球と舌の喪失。高レベルの放射能に汚染された衣類。そして、残されたカメラに写っていた謎の光体。
ほどなくソ連当局は、「原因は抗いがたい自然の力」と発表し、捜査ファイルを機密文書保管庫の奥深くに眠らせて、それきり口を閉ざした。9人の死地となったホラート・シャフイル山は、以後3年にわたって立ち入りが禁じられた。
冷戦の狂気が渦巻く時代に、鉄のカーテンの向こう側で起きたミステリー。この不可解な遭難劇はディアトロフ峠事件と名づけられ、世界中から疑惑の声を噴出させることになる。
それから34年がすぎた夏、ふたたびロシアの雪山で若者たちがミステリアスな死をとげた。生きて帰ったのはただ1人だけだった。
「ブリヤートのディアトロフ」と呼ばれるハマルダバン事件である。
川岸に立つ少女
1993年8月9日、バイカル湖の南に連なるハマルダバン山脈の麓の川でカヤックを楽しむウクライナ人のグループがあった。しばらく川を下っていくと、岸辺にたたずむ10代らしき若い女性の姿が視界に入った。
このあたりは人気の登山スポットだから、あの子もハイカーなのだろう。一同はそう思い、手を振って挨拶したが、返答がない。放心したように虚空をみつめるその姿は、まるで入水を決意した自殺志願者のようだった。
気になって近づいてみると、たしかにようすがおかしい。
ずぶ濡れの髪に泥だらけの顔。瞳は恐怖の色を浮かべ、手も小刻みに震えている。身体を揺すっても反応を示さない。よくみると、服には赤黒い血液が付着している。
遭難者?
いや、だとしてもここまで正気を失うだろうか。いったいこの子はなにを見てしまったのだろう。
警察に保護されたあとも少女はショック状態から抜けだせず、かろうじて絞りだせた言葉はこれだけだった。
「わたしはヴァレンチナ」
「みんな、死んだ。目の前で」
彼女はヴァレンチナ・ウトチェンコ、17歳。4日前にハマルダバン山脈で遭難したカザフスタン人パーティーのメンバーだった。
天のいたずら
ヴァレンチナ一行がブリヤート共和国に到着したのは10日ほど前のことだった。ハマルダバンはブリヤート共和国とロシア連邦のイルクーツク州にまたがる山脈で、北にバイカル湖、南にはモンゴルとの国境がある。
リーダーのリュドミラ・コロヴィナはスポーツマスターの称号をもつ41歳の登山インストラクターで、パーティーのメンバーは教え子にあたる15歳から24歳までの男女6人。みな若年者とはいえ、知識も技術も申し分ない実力者たちだった。
日程は3泊4日、総距離は約70㎞。麓の登山口から入山し、いくつかの川や吊り橋を越えて分水嶺の高原へと到達する。下山の際はリュドミラの娘ナタリアが率いるチームと合流して麓まで戻る。リュドミラがたてた登山計画は、メンバーの力量を考えれば、けっして難易度の高いものではなかった。
8月2日早朝、一行はムリノの登山口からトレッキングを開始する。最初の2日間は快調に歩みを進めた。
ところが3日目の昼すぎに事態は急変。にわかにあたりが暗くなり、冷たい雨粒が落ちてきたのだ。つぎの瞬間、みぞれ混じりの豪雨が襲った。
雨具を装備するひまもなく、服も荷物もすぶ濡れになった一同は、いったん足を止めて雨がやむのを待つことにする。このときリュドミラは、その場にテントを設営するよう指示している。4㎞ほど下ったところに森があったにもかかわらず、なぜ遮蔽物のない山の斜面を選んだのか、これはいまだに解けていない謎である。
死への行軍
その夜は火を熾すことができず、濡れた服のまま眠りについた。この状態でトレッキングをつづけるのは危険だと判断したリュドミラは、みんなの体力があるうちに山を下り、中腹で待つ娘のパーティーと合流する決断を下す。合流予定日は明日だった。
翌5日の朝には雨は小止みになっていたが、外は一面の銀世界。ようやく火を熾すことができたので、温かい食事で空腹を満たした。朝食後、7人はただちに下山を開始する。行く手に死の連鎖が待ちうけていることを彼らはまだ知らなかった。
その日の正午、ナタリアは合流地点で母のパーティーを待っていた。ところが夕方になっても一行はやってこない。それでもナタリアは彼らの無事を疑ってはいなかった。おそらくは昨日の悪天候で計画を変更し、無事に下山することを優先させて、合流を断念したのだろう。ナタリアはそう考えて、自分たちだけで帰途につく。
異変を確信したときは、すでに真夜中になっていた。夜が明けると同時に警察の捜索活動がはじまった。
しかし、2日たち、3日たっても7人の行方につながる手がかりは得られない。警察は、まるで見当違いのエリアを捜索している可能性があった。ナタリアは母の登山計画を知っていたが、彼らが天候急変にどのように対処したかはわからない。もしかしたらルートを変更したかもしれないし、3日目のテントの設営ポイントまで到達していないかもしれない。加えて、登山者の足跡や痕跡は雨や雪がきれいに消し去ってしまっていた。
運命の斜面
麓の川で少女が発見されたのは、ちょうどそんなときだった。ヴァレンチナと名乗るこの少女こそリュドミラ・パーティーのメンバーであり、一行の足どりを知る唯一の人物だった。しかし、彼女が抱えたトラウマは思いのほか根深く、遭難にいたった経緯を話せる精神状態ではない。
6人の変わり果てた姿がトリトランス山の斜面で発見されたときは遭難から3週間がたっていた。司法解剖の結果、遺体に認められたのは肺水腫と栄養失調。当局はリュドミラの死因を心臓発作、他の5人の死因を低体温症と断定して公式に発表する。
厳しい気象条件下では、熟練の登山家ですら判断ミスを犯す。このような教訓を残して悲劇は幕を閉じた。いや、閉じたかにみえた。
数年後、6人の死はたんなる事故からロシアの雪山に眠るミステリーへと変貌する。ただ1人の生還者、ヴァレンチナがようやく重い口を開いたのだ。その奇怪な告白は、人々に「ディアトロフの再来」を思わせるものだった。
死の伝染
ここからは、ヴァレンチナの証言をもとに6人の死を復元していく。
8月5日、これ以上進むことを断念した一行は、濡れた服のまま重い荷物を抱えて下山を開始した。
最初に異変が起きたのは最後尾にいたサブリーダーのアレキサンドルだった。いきなり叫び声をあげて苦しみだしたかと思うと、口から泡をふき、鼻や耳から出血しはじめたのだ。彼は全身を激しく痙攣させてその場に倒れ込んだ。
突然の光景にみなが呆然とするなかで、リュドミラが森へ退避するよう指示をだし、アレキサンドルに駆け寄って蘇生を施そうとする。すると、まるで伝染したかのようにリュドミラにも同じ症状があらわれて、折り重なるようにくずれてしまった。
リーダーの断末魔は森をめざして駆けていたメンバーにも届いた。真っ先に助けに戻り、リュドミラを助け起こそうとしたタチアナが
喉をかきむしって苦しみだした。タチアナは這いずりながら岩に近寄り、頭を何度も強く打ちつけてこと切れた。
ここまで、わずか数分の出来事である。
目の前で、まるで連鎖反応のように仲間たちが死んでいく。残された4人は恐慌状態に陥って、デニスは岩陰に身を潜め、ティムールとヴィクトリアは一目散に逃げだした。ヴァレンチナが森へ逃げるよう大声でみんなを諭す。
まもなくティムールとヴィクトリアも血を吐いて、服を引き裂き、地面を転げ回りながら逝った。ヴァレンチナとデニスは手をとりあって駆けだすが、デニスに待っていたのも同じ運命だった。
みんないなくなった。つぎはわたしの番だ。そう思ったヴァレンチナは森のなかに逃げ込んで、その瞬間を震えて待った。
気の遠くなるような時間が過ぎて、ようやく山の端が白みはじめた。自分がまだ生きていることが不思議でならなかった。ひょっとしたら助かるかもしれない。希望を捨てずにがんばれば、誰かがわたしに気づいてくれるかもしれない。
ここから生きて帰るにはどうすればよいか、混乱した頭で考えた。まずは仲間のもとに戻って食料と水を手に入れる。そのつぎは? 歩くのだ。ひたすら前へ。麓をめざして。
勇気を奮い起こして昨日の現場に戻ってみると、みんなが同じ場所で死んでいる。やはり夢ではなかった。それから一人ひとりの頬に手をあてて、まぶたを閉じた。
彼女は仲間のバックパックから必要な物資を抜き取って、生き残るための行動を開始した。
それからの3日間、ヴァレンチナは送電線を目印にひたすら歩きつづけた。食べる力も考える力も失われたあとは、ただ機械的に脚を前へ繰りだした。3日目になんとか川にたどり着き、下流へ向かい、岸辺にたたずんでいるところをカヤックのグループに保護されたのである。
残された謎
ヴァレンチナの告白は、ロシア連邦当局の公式見解では拭い去れない違和感を残した。かといって、告白により明らかになった経緯だけですべてを説明することもできなかった。彼女はトリトランス山の斜面で目にした光景を、「まるで目にみえない死に包囲されているようだった」と説明している。
死因をめぐる諸説には、毒キノコ中毒説からバイカル湖の汚染水摂取説、雨に含まれた毒素説、有害ガス説、超低周波音説、はてはヴァレンチナによる完全犯罪説までさまざなものがあるが、なかでも根強くささやかれているのが神経剤説だ。それにはもちろん、一定の根拠がある。
6人が死にいたった状況と、神経剤が人体にもたらす症状が酷似していること。神経剤の殺傷力と即効性が証言内容と一致すること。ロシアが開発した最新の神経剤ノビチョクは、ハマルダバン近辺にて実験されていたとの情報があること。
ノビチョクは無色透明、無味無臭という恐ろしい化学兵器だ。液体のほか個体としても存在し、超微細粒子にして拡散することもできる。その致死性は金正男暗殺で使われたVXガスの数倍とされる。
遭難の7か月前にロシアが化学兵器禁止条約に署名したことも神経剤説を補強する。締約国には、保有する化学兵器の全廃が義務づけられたのだ。その後、政府は全量を廃棄したと公式に発表したが、「全量」という報告に疑念を抱く人は多かった。事実、のちのウクライナ侵攻では化学兵器の使用が確認されている。
では、廃棄した一部の化学兵器はどこに、どのように棄てられたのか。
ただ、この説には一脈の疑問も残る。なぜヴァレンチナだけが生きて帰ることができたのか。夏季のハマルダバンは人気の登山スポットであり、あの日は彼らのほかにもナタリアのパーティーを含む三つのトレッキングチームが入山していたことがわかっている。他のパーティーが生還できた理由が説明できないのだ。
ディアトロフ・ミステリーという神話
その後、ヴァレンチナは取材に一度だけ応じたのを最後にいっさいの証言を拒否し、口を閉ざした。二度と山に登ることもなかった。
ここまでは彼女の告白を真実と仮定して話をすすめてきたが、はたしてそれらは100パーセント信のおけるものなのだろうか。
個人的には、証言者が深いトラウマを負った17歳の少女ただ1人という点から、証言内容を信じることには抵抗がある。トラウマを抱えた人間は意図せずに、事実を誤って記憶したり誇張したりすることがある。
昨夜まで笑いあっていた仲間が目の前で惨たらしく死んでいき、みずからも死の恐怖にさらされた。そのような状況下では精神が錯乱してもおかしくはない。全員が息絶えるまで数分のように感じたかもしれないが、実際は1時間かかったかもしれない。現実にはちがうことが起きていた可能性もあるのだ。
ハマルダバン事件の真相をみえにくくしている元凶は、「ブリヤートのディアトロフ」という二つ名にあると思えてならない。誰もかれもがディアトロフ峠事件との類似点に注目し、それをことさらに強調する。目を向けるべきは、むしろ相違点のほうだというのに。
リュドミラ・パーティーは雪山に屈したのか、それとも理解を超えたなにかに遭遇したのか。
6人の死をめぐる謎がディアトロフという神話に覆い隠されてしまわないことを祈りたい。
※画像はイメージです。


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