大阪府堺市に鎮座する「大鳥神社」は、古代からこの周辺で最も格式が高いとされる神社として知られ、現在もJR阪和線の「大鳥駅」のそばに鎮座し、長きにわたり地元の人々に親しまれています。
この神社が祀るのは、日本武尊(やまとたけるのみこと)と、大鳥連祖神(おおとりのむらじ)。
元々はこの地を治めていた大鳥連の神霊を祀っていたとされますが、のちに日本武尊が加わったことで、大鳥神社は「英雄の魂が舞い降りた地」とも。
白鳥となった英雄
『古事記』や『日本書紀』に語られる日本武尊は、景行天皇の皇子であり、九州の熊襲、関東の蝦夷といった「大和政権に従わぬ勢力」を征討した存在。
その生涯は波乱に満ちており、東征の帰途、伊吹山で病に倒れ、伊勢で命を落としたと伝えられています。
しかし、死後のエピソードが不思議なのです。
葬られた日本武尊の魂は、白鳥の姿となって空を舞い、大和の国を経て、最終的に河内の「大鳥の地」に降り立ったと伝えられ、その地に社を建てて祀られたのが、現在の大鳥神社とされているのです。
「神の魂が白鳥となって飛翔し、舞い降りた場所に祀られる」
古代人の精神世界において、魂と鳥は深く結びついており、特に白鳥は「神霊の乗り物」といわれ、この流れは単なる寓話とは思えない「何か」を感じさせます。
出雲の記憶を宿す建築様式
大鳥神社の本殿は、「大鳥造(おおとりづくり)」という独特の建築様式を採っています。これは全国的にもほとんど例のない様式ですが、その構造はどこか出雲大社の造りに酷似しているのは偶然でしょうか?
大鳥神社に関わった豪族「大鳥連」は、天児屋命(あめのこやねのみこと)を祖とし、中臣氏(のちの藤原氏)と関係を持つ一族です。この天児屋命は、大和王権の祭祀を担った神であり、精神性や祈りの力を重視する「ソフト面」の神でした。
一方、神社の建立や土木工事を司ったのが「土師氏」。彼らの祖先・野見宿禰(のみのすくね)は、出雲国の出身とされており、出雲大社の建築技術や霊的観念を引き継いでいた可能性があります。
つまり、大鳥神社には「中臣系の祭祀」と「出雲系の建築」が融合している可能性があるのです。
これが単なる形式ではなく、異なる神の系譜がひとつの社に同居していると考えたとき、そこには古代の政権間の複雑な関係や、神々の力のせめぎ合いが垣間見えてくるように思えます。
日本武尊を祀るということ
日本武尊はあまりにも強く、景行天皇に疎まれて各地の征討に送り出されたという話も残されています。しかしその子が仲哀天皇として即位していることを考えれば、単なる「厄介者」ではなく、重要な存在であったのは明らかです。
その日本武尊が死後、白鳥となって飛び、最終的に「大鳥の地」に降り立った。
この一連の伝承には、魂の帰還と再統合というような、深い意味が込められているのかもしれません。
白鳥伝説、出雲との建築的類似、そして古代豪族の血脈。大鳥神社には、単なる地方の神社では語りきれない「古代王権の残像」が宿っているとすれば、神はまだそこに留まり、空の彼方からすべてを見守っているように感じます。
※画像はイメージです。


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