人柱と「食いかけの梅の実」

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「まんが日本昔ばなし」の原作となったエピソードが多数存在することで知られている、松谷みよ子、瀬川拓男夫妻の「日本の民話」シリーズ(角川書店)。
その中には背筋の寒くなる内容のものも多い。

目次

洪水に苦しむ村人たちは、思い余って

「残酷の悲劇」から「食いかけの梅の実」を紹介しよう。

あらすじは次のようなものである。
昔、上総の国の不動堂の堰は毎年のように崩れ、復旧に当たる村人たちを衰弱させていた。大雨で水が溢れるたびに田畑はだめになり、人家は汚わいでうずまり、病人が出た。思い余った村人たちは、ついに人柱を立てることを思いつく。だが、犠牲とするのに適当な者が見当たらない。皆が難儀していたところ、幼い子どもを連れた女の旅人が見つかった。

「あれか、あれよ、うむ、そうすっぺ」男たちは女と子どもを捕まえ、ふたりを人柱として生き埋めにした。泣き叫んでいた子どもの手には、食いかけの梅の実が握られていた。

それ以降堰は崩れなくなったのだが、代わりに奇妙なことが起こるようになった。女を埋めた辺りから梅の木が生え、実をつけたのだが、どの実も食いかけのように肉が半分になっていたという。

全国にある人柱伝説

このような人柱伝説は、全国各地に伝わっている。有名なところでは、「日本昔ばなし」のトラウマエピソードとして名高い「キジも鳴かずば」が挙げられるだろう。他にも、福井県の丸岡城に伝わる「人柱お静」の伝承がよく知られている。

「キジも鳴かずば」は病気の娘に栄養をつけるべく小豆を盗んだ父親が人柱にされてしまう話だ。「人柱お静」は息子を武士に取り立ててもらうことを条件に人柱になるも、その約束が果たされなかった母親の話である。

どちらも親子が引き離され、しかもそのことに対する補償が何も為されなかったことに対する恨みの話だ。そして「食いかけの梅の実」では、親子がそろって犠牲になる。こうした伝説は事実そのままを伝えているのでなくとも、実際に親を、あるいは子を奪われた者が無念の想いを託して語り継いでいった話なのだろう。

他にも「食いかけの梅の実」では、弱い者がさらに弱い者を踏み台にするやるせなさが印象付けられる。ただでさえ領主からの過酷な取り立てに苦しめられているうえ、大雨の度に堰の決壊に苦しめられている領民たちは、外部からやってきた女を人身御供にしてしまう。食い物にされた弱者が、他の弱者にしわ寄せを行ってしまう陰惨さは、現代社会においてもなお変わるところは無い。

村人たちの傷口をえぐる梅の木

もう一つ特筆すべきは、人柱にされた親子が直接的な復讐を行うのでなく、梅の木を生やしたという点である。村人たちを祟るとか、呪い殺すというのでなしに、奇妙な実をつける木を生やすというのが珍しい。

子どもが握っていた食いかけの梅の実が物語上の伏線となっているので、この実に入っていた種が発芽して木になったと解釈することが可能だろう。だがそうした表層的な理由以上に、親子の怨念の発現と見るのが妥当ではないだろうか。

単に祟りをもたらすよりも、一本の木になって村人たちにその悪事を自覚させ、罪悪感をえぐる。そこに親子の執念が表れている。もちろん科学的に考えれば、偶然にも半分の実だけをつける梅の木が生えてきたというのは考えにくい。だが、同様の事態が起こった後、罪の意識に耐えられなくなった人々が、事実を怪談に脚色して語り伝えていったとも考えられる。

嘆かわしいことに、弱者が弱者を踏み台にするのは現代でも変わりはない。せめて今の社会では、食いかけの梅の実をつける木が生えぬようにと祈るばかりである。

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