千日前の火と影

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大阪・ミナミ、千日前、平日の昼間でさえ、人通りが途切れることがなく賑わう。
通天閣から難波までを貫くこの繁華街には、居酒屋やカラオケ、アミューズメント施設が林立し、吉本興業の劇場「なんばグランド花月」もあり、地元の人以外にも観光客の姿も絶えない。

笑いや食文化が楽しめ、明るく楽しいイメージの裏側にはもう一つの顔がある。

目次

土地に隠された秘密

「千日前」という地名には諸説あり、そのひとつに「千人もの罪人が処刑された地」という説がある。
それを裏付けるかのように、実際にこの地には「千日前刑場」があった。

当時は今と比べて人命は軽く、わりあい簡単に極刑となり、当時の資料や口伝によれば、罪人に限らず、異端者や無宿人までもが処されたというのだ。
そしてその遺体は供養される事無く、捨てるようにその場に埋めれることも少なくなかったらしい。

そのせいか葬儀屋や火葬場、墓地など「死」に関わる施設が集中するようになっていき、「生きた人があまり近づきたがらない土地」と言われるようになった。
今でもビルの合間に寺や墓地が残り、当時の面影を匂わせているように思う。

数え切れないほど幽霊の噂がたち、人々の間で「千日前で夜中に声を聞いたら返事をしてはいけない」という言い伝えも残されている。

千日デパート火災

時は流れて第二次世界大戦が終結、千日前は焼け野原からの復興を遂げる。
娯楽施設、劇場、飲食店、人の賑わいが戻り、高度成長期に浮かれていた1972年。
5月13日の22時頃、「千日デパート」は炎に包まれた。

深夜のデパートであれば客は殆どいないと思うだろうが、7階にプレイタウンというキャバクラがあり、従業員を含む181人もの人々が欲望のはざまで、それぞれの夜を過ごしていたのだった。
そこに突然の災害がふりかかり、複雑な構造と未整備の避難経路が災いし死者118人、負傷者81人にのぼり、日本中を震撼させた戦後最大のビル火災となる。

有毒ガスの発生、逃げ道を失って窓から飛び降り、正しく救助袋を使えずに落下。
阿鼻叫喚の地獄絵図であり、かつてこの地が処刑場だったことを物語るかのようだった。

今も続いているのか?

現在、この地には「ビックカメラなんば店」が建っている。
私も何度か足を運んだが、明るく整然とした売り場から、火災の爪痕を感じ取ることはできなかった。

だがオープン当初から、奇妙な噂が絶えない。
閉店後の売り場で人影を見たという警備員、監視カメラには何も映っていないのに声が聞こえる、誰も触っていないはずの電化製品が突然作動する。
そんな不可解な現象が、いくつも囁かれている。

もちろん、ビックカメラ側がこうした話を公式に語ることはない。
しかしネットでは、そうした噂が静かに拡散し、千日前は今や、大阪有数の「心霊スポット」として語られるようになった。

これらの出来事がすべて偶然なのか、それとも歴史の悲劇が現代にまで尾を引いているのかは誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは、死の歴史がいくつも重なって存在していること。

我々にできることは、そうした過去に真正面から向き合い、その犠牲となった人々に敬意と哀悼の念を持ち、静かに手を合わせることだろう。
忘れ去るのではなく、語り継ぐことこそが、最も深い供養なのかもしれない。

※画像はイメージです。

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