この町には、駅もないし、コンビニまで行くのに、車で15分。歩いてなんて、まず無理。
だから、私の努めていた小さなカフェは、町で数少ない「寄りどころ」であり、若者むけのお洒落な店内とはウラハラに平日の昼間は、お年寄りで賑わいます。
朝7時をすぎると。決まって毎朝、コーヒーとマフィンをテイクアウトする老夫婦がいました。
年の頃は80を越えているようで、白い雑種犬を連れています。
動物連れのために決まって奥さんが店に入って注文し、少し経って出来上がったメニューを外で待っている二人に渡しに行ってました。
犬はいつからか嬉しそうに尻尾を振るよになり、あの夫婦が来た後は、少しだけ気持ちが温かくなった。
めぐる季節
そんな日々が2年ほど続いた、ある冬の日。
見慣れた光景が、少しだけ違ってい、奥さんひとりが犬を連れて店にやってきた。
「ご主人はどうされたんですか?」と聞くと、彼女は少しだけ目を伏せて言った。
「寒いとね、心臓が悪くて調子が出ないの」
それ以来、ご主人さんの姿は見なくなった、けれども彼女は変わらず、毎朝2人分のコーヒーとマフィンを買っていき、店のスタッフも、私も、「今日も2人分買われたわ、よかった」と安心していた。
やがて季節が巡り、春の気配が漂い始めたある朝。
今度はご主人の姿が現れ、ひとりで店のカウンター席でコーヒーを飲んでいた。
良くないとは思いつつも「奥さんは?」と訊ねると、彼は苦笑いのような顔を浮かべた話し始めたのです。
「婆さんが、少し痴呆が出てね。目を離すと、どこに行くかわからない」
「でも、犬一緒にいてくれるから安心なんだ。長くは目を離せないけど、こうして少しの間だけ息がつける」
そういって、奥さんの分のコーヒーとマフィンを片手にトボトボと帰っていくようになったのでした。
ご主人は何度か一人で店を訪れた。けれども、いつしかその姿も消え、代わって娘さんが犬を連れてやってくるようになった。買うのは、マフィンとコーヒーを「ひとつずつ」だけなのです。
なにがあったのだろう・・・気になるのですが想像からして、聞くのは気まずい。
お爺さん
月がよく照る真冬の明け方、私は開店準備のため店に向かい、入口の前でデリバリーされてきた乳製品をチェックしていた。
ふと背後に人の気配を感じ、振り返ると、あのご主人が立っていた。
振り返ると、あのご主人が立っていて、いつものコートを着て手ぶらで、じっとこちらを見ています。
「おはようございます!お元気でしたか?ずっと心配してたんですよ」
するとご主人は、やわらかく微笑んで言った。
「この店の人たちには、いつもよくしてもらった。ありがとな。」
それだけ言うと、ご主人は犬を連れて、いつも帰っていった道をゆっくりと歩いていった。
ふと私は胸騒ぎがし「無くなる前に来るとか、ああいうのじゃないよね」と、後から出勤してきたスタッフに話すと、「あるかもよ」なんて冗談まじりで返してきたのでした。
やっぱり
三日後、小さな焼き菓子の包みを持って娘さんが店を訪れ、「父が一昨日、眠ったまま息を引き取りました」と告げてきました。
私は尋ねました。
「亡くなられたのは、X日でしょうか?」
娘さんは、驚いたように、そして静かにうなずいた。
「ええ、布団の中で、眠ったままでした」
事情を話しているスタッフと共に、いろいろと驚きを隠せないでアワアワしてしまった。
やっぱり、最後の挨拶をしに来たのです。
その事を娘さんに告げると、その場で泣き崩れてしまったのでした。
それから間もなく、奥様が静かに亡くなられたことを娘さんが教えてくれた。
犬は娘さんが引き取ったのがだ、後を追うように亡くなったそうなのです。
たまに、誰もいないはずの店内に、ふわりと香ばしいコーヒーの香りが漂うことがある。
ふと外を見ると、白い犬の姿が、ドアの前に座っている気がする朝もある。
きっと今でも、あのご夫婦は、店にやってきて仲良くコーヒーとマフィンを楽しんでいるのだろう。


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