お菊さんで有名な皿屋敷には続きがある!?

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「皿屋敷」・・・怪談好きなら、一度は耳にしたことがある話かと思います。
お菊さんという女中が奉公しているお侍の家で、大事にしていた家宝の皿を1枚割ってしまい、そのことをきつく咎められたせいで井戸で身投げし、夜な夜な皿を数えるという怪談です。
まさに古典中の古典な怪談ですが、実は皿屋敷には後日談があったことをご存じでしょうか?

目次

青山主膳は南部藩に召し抱えられていた!?

青山主膳とは、「皿屋敷」においてお菊さんを切りつけたお侍です。
物語では火付盗賊改という役職で、窃盗・強盗・放火など犯罪であれば独自の捜査権を行使することが許されていました。当然、その取り締まりは厳しく、また乱暴でもあったため、江戸庶民から嫌われていたそうです。

火付盗賊改といったら時代劇でおなじみの「鬼の平蔵」を思い出す人もいるでしょうが、どうやらかの火付盗賊改方は例外だったみたいですね。
とにかく火付盗賊改といったら悪役として描かれることが多く、それは「皿屋敷」も同じでした。
いちおうここで青山主膳がお菊さんにした仕打ちを並べてみると、すでに奥方に皿を割ったことをきつく叱られているのに、生ぬるいとしてお菊さんの中指を切り落とす。
手打ちにすると言って監禁、が主となっています。これじゃあ化けて出るのも無理からぬ話です。

そのあと青山主膳はお菊さんの霊の騒動をきっかけに公儀に咎められ、所領を没収、浪人に転落しました。が、そのあと南部藩に召し抱えられ、2代目の則益という人物が盛岡に移住したとされています。
「だったら青山は岩手に来てフツーに暮らしていたのか!?」といったら、ちょっとそうでもないんですよね。

盛岡に伝わる「皿屋敷」はちょっと違う

盛岡市本町にある大泉寺というお寺には「お菊さんの皿」が奉納されています。これは主膳一族が大泉寺を菩提寺にした縁で納められたそうですが、盛岡で言い伝えられてきた「皿屋敷」は巷のお話とはちょっと違うんですよね。その違いは以下の通りです。

  • 名前が青山主膳ではなく、遠山主膳
  • 役職が火付盗賊改ではなく、駿河の御徒目付(監察や隠密活動をする役職)
  • お菊さんは下女は下女だが、遠山主膳が仕事で捕まえた盗賊の娘で、哀れに思って自分が引き取った
  • お菊さんはとても器量良しで、そのことに主膳の妻が嫉妬に狂う
  • そんな妻が正月のドタバタに紛れて主膳が大切にしていた皿をわざと割り、お菊さんのせいにした
  • 主膳はそのとき機嫌が悪く、また元々短慮だったため、普段の平常心を忘れてお菊さんを手打ちにする
  • そのあと夫婦はずっと「お菊が来た」と騒ぎ始める
  • 名のある住職の法力でお菊さんは鎮まったが、このことがお上にバレてしまい、浪人となった
  • そして江戸に流れ着いたところを南部藩に拾われ、以来、南部藩に仕えることになった

一般的に「皿屋敷」といったら江戸が舞台ですが、盛岡に伝えられていた「皿屋敷」は駿河を流浪したのち江戸に来たという流れになっています。
そもそも細かいところが異なっており、そのせいで大分違いが生まれていますね。
ですが、それは当然です。何故なら私たちが知っている「皿屋敷」は基本的に作り話なんです。

日本各地に「皿屋敷」はいっぱいある

そもそも「皿屋敷」といってもまず2種類あります。1つは「播州皿屋敷」、もう1つは「番町皿屋敷」です。このうち「番町皿屋敷」は江戸が舞台になっていますが、「播州皿屋敷」は文字通り、播州もとい播磨国の姫路が舞台になっています。
こちらの播州バージョンでは浄瑠璃や戯作パターンなどあるものの、内容としては皿を割った腰元(侍女)が亭主に惨殺され、幽霊となる流れは同じです。

実のところ「番町皿屋敷」も怪談芝居が始まりであって、すでに青山主膳が架空の人物であるのは証明されているんですよね。
事実、日本には青森県から鹿児島県にかけて「皿屋敷」の伝承は存在しています。
いちおうその起源は但馬竹田城主・太田垣家で起こった事件であるという説が定説となっているものの、一体いつ、どこで、だれが、何が起こったのか解明されていません。ぶっちゃけ他の場所が起源であるという説も捨てきれない状態ですね。

盛岡に伝わる「皿屋敷」の意義

さて、こうなると盛岡に伝わる「皿屋敷」の後日談も怪しいところです。言い過ぎかもしれませんが、怪しすぎてもはやチープです。
けれど逆に言えばそれだけ「皿屋敷」が広く分布していた証拠だと唱える人もいます。それもまた肯定できる意見ですね。

特に盛岡の「皿屋敷」は後日談があることや当時の南部藩は古いものが好きだったため、主膳一族を召し抱えるには説得力があることがポイントではないかと思います。
ちなみに盛岡には「青山」という地区がありますが、その由来は第二次世界大戦後に大陸から引き揚げてきた人たちが兵隊さんの兵舎に住み始めたことからだそうです。

その兵舎の名前を「人間到る処青山あり」という言葉にちなみ、青山寮と名づけたとか。
同じ青山でも全然イメージが違いますね。

御当地の皿屋敷

「皿屋敷」にはお菊さんを死に追いやった青山主膳が南部藩に召し抱えられたという後日談がありますが、実のところ、「皿屋敷」の伝説は各地に存在しています。

なので盛岡に伝わる「皿屋敷」は「盛岡にも皿屋敷の話が伝わっている」という証明の価値しかないのが実情です。
しかし、それはそれで後日談があることなどご当地らしさが話に混じっていて楽しいのもまた事実でしょう。

出典/引用
盛岡伝説案内(髙橋智)

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