皆さんはナチス残党が南米チリに築いた楽園「コロニアル・ディグニダ」をご存じですか?
そこでは楽園どころか、数々の蛮行が日常的に行われていました。
今回は映画『オオカミの家』のモチーフにもなった、コロニアル・ディグニダの恐るべき実態に迫っていきます。
創設者パウル・シェーファーのおぞましい正体
コロニアル・ディグニダの実態に迫る前に、創設者のパウル・シェーファーの経歴に触れたいと思います。パウル・シェーファー・シュナイダーは1921年12月4日、ドイツで生を受けました。
多感な思春期をヒトラーユーゲントの団員として過ごした彼は、第二次世界大戦にドイツ空軍の衛生兵として参加。退役時には軍曹の階級に上がっています。しかしナチス党員というのは建前で、実際は野戦病院の担架持ちとしてこき使われていた下っ端に過ぎません。シェーファー自身はナチス親衛隊「SS」を志願したものの、視力が低いことを理由に審査に落とされています。アドルフ・ヒトラーもさることながら、オウム真理教の麻原彰晃を彷彿とさせますね。
そして敗戦後、無一文になったシェーファーは自らに備わったカリスマ性と演説の上手さを生かし、青年労働者(ユースワーカー)からハプテストの聖職者に鞍替え。
その後は自分と同じような境遇の元兵士や少年たちを募り青年団を結成、1956年にはドイツ・ハイデに「青年の家」と命名した孤児院を設立。生活に困った戦争未亡人の子供や戦災孤児を多数預かり養育したものの、当時から少年への過剰なスキンシップには疑問の声が上がっていました。施設の職員や卒業生の証言によると、シェーファーは夜毎お気に入りの少年を寝室に呼び付けては、猥褻な行為を働いていたそうです。事件当時は幼すぎ、自分の身に起きたことが理解できない被害者もいました。
その後少年2人への性的暴行で起訴されたシェーファーは、一部の信者を連れ南米チリに亡命。1961年にパラル郊外の農場を購入し、チリ政府の公認のもとドイツ移民の共同体を作り上げます。これがカルト教団、コロニアル・ディグニダの原型です。
女性を豚として搾取する狂った実態
コロニアル・ディグニダ……「尊厳のコロニー」と訳されるこの場所は犯罪の温床でした。そこには家族や私財といった概念が存在しません。シェーファーは新たに入植した親子を引き離し、コロニアル・ディグニアで産まれた赤ん坊を保母の手に委ねました。家族は別居を強制され、ルール違反者には厳罰が下されます。
子供たちは性別・年齢ごとにグループ分けされ、全員が「コロニアル・ディグニダの子供」として養育されます。敷地内の学校に通えるのは6歳まで。7歳になると無期限の労働を課されました。実子への特別扱いは許されず、常に叔父叔母のような振る舞いを心がけ、全員に平等に接しなければなりません。
脱走者は地の果てまで追跡・拘束され、狂人や売春婦と罵倒されます。強制送還後は不衛生な地下室に監禁し、リンチと薬物による再洗脳を行いました。
シェーファーの蛮行はこれにとどまりません。
マスターベーションを悪徳と見なす彼は、治療の名目で病院に隔離した少年たちをベッドに拘束後、性器に電極を貼り付け電気ショックを与えました。追い討ちとばかりに思春期の男子には性欲を抑制する薬を、女子には鎮静剤を継続的に投与します。躾には暴力が用いられ、指導官が子供を殴るのは当たり前のことでした。
シェーファーのお気に入りが「少年団」に入る一方、少女たちは醜く卑しいメス豚と蔑まれ、労働力として徹底的に搾取されます。女性の扱いは家畜も同然で、酷い男女差別が罷り通っていました。労働時間は一日16時間、体調不良は顧みません。
少年団とは来賓向けのイベントに際し寸劇を演じるコロニアル・ディグニダの広告塔で、シェーファー好みの容姿端麗な少年が選ばれます。来賓の視察時はステージに並ばされ、変声期前のボーイソプラノで、コロニアル・ディグニダのテーマソングを歌い上げました。誰がそれを愛人のお披露目の場だと思ったでしょうか?豪華な食事や自由時間の享受も少年団の特権でした。その一方、反抗的な児童には電気ショックや食事抜きの体罰が待ち構えていました。当然正しい性教育は施されず、子供たちはセックスの意味はおろか、妊娠・出産の過程すら知らないまま育ちます。それがシェーファーの考える健全な教育でした。
Netflix制作のドキュメント『コロニア・ディグニダ:チリに隠された洗脳と拷問の楽園』には教団出身の中年夫婦が登場します。彼等は一切の性教育と無縁の状態で成人した為、子供の作り方がわからず数十年が経過し、気付いた時には手遅れになっていました。実子を献上する行為を誇りに思っていた親さえいます。
シェーファーは一日3~4人ペースで男児を慰み者にしていた為、被害者は数千人以上と目されています。現在確認されている最年少の被害者は7歳、「お風呂に入るのを手伝ってあげるよ」と丸め込まれたそうです。吐き気を催す邪悪ですね。
敷地の境界にはフェンスと有刺鉄線が張り巡らされ、大量のセンサーが作動しています。コロニアル・ディグニダに加担する近隣住民や軍隊、警察やドイツ大使館も監視を強化していました。外部に助けを求めたくてもテレビや電話は全面的に禁止、カレンダーの所持すら許可されないのではどうしようもありません。
完全なる独裁者と化したシェーファーは現地の夫婦を騙し、16歳のチリ人少年を養子にとります。その子が性的虐待に耐え切れず脱走するや山狩りを行って連れ戻し、一人だけ赤い靴と特別な靴の着用を義務付け、同年代の子供たちに繰り返しリンチを命令。さらには馬用の鎮静剤を注射し、性器に高圧電流を流しました。
直接拷問したのはシェーファーに忠誠を誓った信者たち……ナチスの人体実験を思い起こさせます。教団の掟に抵抗した別の少女は、二十年間周囲の人間と会話できず、家族ぐるみで疎外されていました。
題材にしたカルト映画『オオカミの家』の狂気
1996年に漸く正式な捜査が入り、コロニアル・ディグニダは崩壊しました。複数の少年に対する性的暴行容疑で起訴されたシェーファーは国外逃亡と逮捕を経て、2010年に病死しています。
告発が遅れたのはシェーファーとチリ政権が癒着していたからに他なりません。現在コロニアル・ディグニダはビージャ・バビエラに名前を改め、ドイツ系レストラン、及び宿泊施設として運営を継続しています。
コロニアル・ディグニダを題材にした作品は多く、フロリアン・ガレンベルガー監督が2015年に制作した『コロニア』や、マティアス・ロハス・バレンシア監督が2021年に制作した『コロニアの子供たち』が挙げられます。
とりわけ有名なのがクリストバル・レオン、ならびにホアキン・コシーニャ監督が2023年に制作し、ホラー映画界の奇才アリ・アスターが絶賛した『オオカミの家』。
本作の主人公マリアはコロニアル・ディグニダからの脱走者。彼女が森の小屋で出会った子豚はコロニアル・ディグニダ出まれの子供、捕食者の象徴たるオオカミはシェーファーの隠喩。その前提を踏まえて見直すと、印象が全く違ってきますね。
被害者たちの今
コロニアル・ディグニダ解体後も被害者の心の傷は癒えず、深刻なPTSDに悩まされています。
最も腹立たしく許せないのは、全ての元凶のシェーファーが罪を償わず、心不全であっさり死去してしまった事実でしょうか。
勝ち逃げとも思える顛末に、世の中の理不尽を感じずにはいられません。


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