これは、私の趣味である「野生動物の撮影」にまつわる話です。
私は北関東の山間部、県境に近いエリアによく入ります。狩猟免許は持っていませんが、獣道を見つけてはトレイルカメラ(赤外線センサーで自動撮影する無人カメラ)を設置し、鹿やイノシシ、運が良ければ熊やアナグマ、ハクビシンなどの生態を記録するのが週末の楽しみでした。
その日、私はとある山奥の人が滅多に入らない沢沿いの木にカメラを設置しました。そこは携帯の電波も入らない深い森で、以前から「何かがいる気配」というか、妙に動物の痕跡が濃い場所だったのです。
2週間後、私はカメラのデータを回収しに行きました。 SDカードを抜き取り、その場でタブレットに読み込ませて確認するのがいつもの手順です。
記録されたもののサムネイルがずらりと並びます。 最初の数日は、風で揺れた枝葉にセンサーが反応しただけの「空振り」ばかりでした。 しかし、3日目の深夜2時過ぎのデータに、奇妙なものが写っていました。
ナイトビジョン映像の中に、人間が写っていたのです。
登山客ではありません。 写っていたのは、白いワイシャツにスラックス姿の、中年のサラリーマン風の男でした。 こんな山奥、しかも深夜2時に、ライトも持たずに直立しています。 男はカメラの方を向いていましたが、顔はうつむき加減でよく見えません。
地元の人がそんな姿で来る訳が無い、だとするといったい?
背筋が寒くなるのを感じながら、私は次の画像をタップしました。 撮影間隔は1分設定です。
2:14秒
男はまだそこにいます。 ですが、さっきより少しだけ、カメラに近づいていました。 うつむいていた顔が上がり、カメラのレンズをじっと見つめています。 無表情でした。焦点が合っていないような、虚ろな目です。
2:15秒
さらに近づいています。 今度は、男が右手に何かを持っているのが分かりました。 それは、泥だらけのトレイルカメラでした。私がハッとしたのは、それが先月、別の山域で行方不明になった(盗まれたと思っていた)私のカメラに見えたからです。機種も、付けていたストラップも同じです。
なんでこいつが、無くしたカメラを持ってるんだ?と混乱ながら、次の画像を開きました。
2:16秒
男はカメラの目の前、レンズの至近距離まで迫っていました。 画面の半分以上が、男の持っている「泥だらけのカメラ」の背面液晶画面で埋め尽くされています。
男はその泥だらけのカメラの液晶画面を、私の設置したカメラに見せつけるように突き出していました。
私はタブレットの画面をピンチアウトして、男が突き出している液晶画面を拡大しました。
そこに写っていた映像を見て、私は心臓が止まるかと思いました。その小さな液晶画面の中に写っていたのは、タブレットを操作している人物ですが、どうみても私の背中に見えるのです。
理解できませんでした。 この画像が撮影されたのは「2週間前の深夜」のはずです。 しかし、そこに写っているのはどうみても「今の私」です。
私が今日着ているアウトドアジャケット、背負っているザック、そして今いるこの場所の風景。
『撮影されたのは過去』なのに、『写っているのは現在』。
論理的な矛盾と、生理的な嫌悪感が一気に押し寄せました。 これは予知なのか? それとも、このデータの日付設定がおかしいのか? いや、そもそも誰が撮影しているんだ?
その時です・・・カシャッ。
背後で、聞き慣れたシャッター音がしました。 トレイルカメラが作動した音です。
私は振り返りましたが、そこには誰もいません。ただ、風に揺れる木々と、私がさっきまでデータをチェックしていた、あのカメラが木に括り付けられているだけです。
ですが、カメラのレンズの向きが、おかしい。 設置した時は獣道(前方)に向けていたはずなのに、今はぐるりと回され、私の背後に向けられていました。
つまり、今の「カシャッ」という音は、私を撮影した音としか思えません。
私は悲鳴を上げる余裕もなく、SDカードもカメラもその場に放置して、転がるように山を駆け下りました。 車に飛び乗り、ロックをかけ、震える手でキーを回しました。
バックミラーから見える森の出口の茂みに、白い何かが立っているのが見えた気がしましたが、二度見する勇気はありませんでした。
あれから、私は怖くなって山に入る事を止めました。
あのSDカードに残された「私の背中」の画像が、誰によって、いつ撮影されたのか?
そして、あの深夜の森で、男が私に見せつけていたものが何だったのか?
ただ一つ分かるのは「撮る側」だと思っていた自分が、いつの間にか「撮られる側」になっていたという事実だけです。
※画像はイメージです。


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