「邪視」をご存じでしょうか。
こと創作物に使われることの多い邪視ですが、元を辿れば日本だけでなく、世界の神話や伝承に登場する神秘的な存在です。
今回は、神話や伝承に加え、創作物を絡めながら邪視について考察していきます。
邪視とは~神話・伝承と創作~
まずは、神話や伝承としての「邪視」を簡単に解説していきます。
邪視とは世界各地に「目」や「視線」に関わる呪い、民間伝承です。「邪眼」や「イーヴィル・アイ」と呼ばれることもあり、この呼び方になじみがある人もいることでしょう。
邪視とはその名の通り、視線によって相手に呪いをかけられる目や魔力のことを指します。地域により違いはありますが、魔女が邪視の力を持っているとされており、呪われた人は最終死に至るとされることから恐れられてきました。
また、邪視の考え方には地域性が大きく、邪視の持ち主が「青い目の人」や、「意図せずに呪ってしまう、不幸を与えてしまう」といった伝承が残されています。
何にせよ、邪視の概念は世界各地にあり、それぞれで恐れられてきました。その証拠に、世界各地で邪視除けのお守りや護符が存在しており、古来より伝わる神話や伝承にその姿の一端を残しています。伝承や神話に残る邪視の概念は、後ほど詳しく見ていきましょう。
日本における邪視は、南方熊楠が翻訳し持ち込んだものです。ただし、邪視に似た要素を持つ伝承は古来より日本にも存在しています
創作としての邪視
「異能」や「超能力」、そして「怪異」などが登場する作品において、邪視は比較的多く用いられるテーマです。
例えば、少し昔の作品であれば、『日出処の天子』の厩戸皇子や『コードギアス 反逆のルルーシュ』のルルーシュなどが、邪視的な能力を持っている描写があります。
最近のものであれば『ダンダダン』が分かりやすいでしょう。本作の怪異「邪視」は名前も能力も邪視そのもので、その目で見たものに強い恐怖感を抱かせ、自殺にまで追い込んでしまう能力を持っています。
また、2chのオカルト板「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」にも、邪視をテーマとして怪談が投稿されています。
同掲示板で有名な「くねくね」を彷彿とさせる怪異像、奇想天外ながらもどこか納得してしまう怪異への対処法。読み応えのある怪談ですので、興味がある人は読んでみてください。
邪視的要素を持つ神話・伝承上の存在
ここでは、邪視的な要素を多く持つ神話や伝承上の存在をご紹介していきます。
サリエル
「サリエル」は『エノク書』に登場する大天使の一人です。「神の命令」を意味する名前を持ち、死と月を司る存在です。キリスト教では、強い力を持つとされる月を支配し、その知識を人間に教えたため堕天したとされています。
様々な顔を持つサリエルですが、人の動きを封じたり、死に至らしめたりする邪視を持っていました。邪視の元祖だとも考えられ、堕天使だとされる要因にもなりました。
メドゥーサ
ギリシャ神話の有名な怪物「メドゥーサ」も、邪視的能力を持つ存在です。
メデューサはもともと、非常に美しい少女でした。しかし、知恵の女神アテナの怒りを買い、無数の蛇の髪の毛を持つ醜い怪物に姿を変えられてしまいます。最後は英雄・ペルセウスに首を切り取られることになりました。
メデューサの目は、見るものを石に変えてしまいます。そのため、彼女の住処の周辺には、いくつもの石に変えられた犠牲者の姿があったといいます。
ちなみに、「顔を見るとあまりの恐怖に石のように固まってしまう」と言われることもあります。
バロール
「バロール」はケルト神話に登場する巨人です。強い力を持ちますが、「孫に殺される」という運命を避けるため、娘を監禁。そして孫を海へと捨ててしまいます。しかし結局は運命通り、生き残った孫が彼を殺すことになります。
「魔眼のバロール」という異名の通り、太陽のように輝く眼を持ち、それを開くだけで大勢の敵を倒す、強大な邪視の力を持つとされます。
邪視の根本にあるものとは~日本の妖怪から考える~
ここから語るのは、邪視の本質。それが恐れられる理由を、日本の妖怪を元に考察していきます。私的考察が多いのでご注意ください。
邪視とは、眼、視線(目線)にまつわる呪いの力です。この概念の本質には、人が眼に対して抱く強い感情が関係しているように思えます。
日本にはもともと邪眼の概念がありませんでした。しかし、眼(目)が印象的な妖怪はいくつか存在しています。「百々目鬼」や「目目連」が代表的でしょう。百々目鬼は体に無数の目が付いた女性の妖怪、目目連は障子に沢山の目を浮かばせる妖怪です。
百々目鬼はもともと、盗み癖のある人間の女性だったとされています。しかしある日、彼女の体に沢山の目玉が生えてきて……。
盗みを働いていた女性。彼女はきっと、人に見られることを恐れたはずです。体に生えた目玉は、これまで盗んできた金の精霊によるもの、と説明されることがあるものの、「見られることへの恐怖感」を体現する妖怪です。
目目連はもっと単純です。障子に生えた無数の目玉が不気味なうえ、この妖怪に遭遇した人は数え切れないほどの目線にさらされることになります。
意図せず、多くの人々の注目を引き付けてしまったとき、体中にチクチクする視線を感じることがあります。これは気持ちの良い体験ではなく、できる限り避けたいものです。
この2つの妖怪が表すように、眼や無遠慮な視線は人に不安感や恐怖心を抱かせます。
憎しみのこもった目線ならなおさらでしょう。これこそが、邪視の本質なのではないでしょうか。
まとめ・見られる怖さにまつわる呪い
邪視という概念やその本質について解説してきました。
人は周囲を見ながら生きています。悪意があるないに関わらず、人の目は常にどこかを見ています。そして、何らかの意思を持って人を見つめたとき、その心の動きは相手にも伝わる可能性があるのです。
人を見つめること。それはよくあることでありながら、人に恐怖心を抱かせる可能性がある行為です。「邪視」をうっかり発揮しないためにも、マイナスな感情で人を見つめるのは避けたほうが良いかもしれませんよ。


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