深まる冬の夜、恐ろしげな面を被り、藁蓑など独特の衣装で巨大な刃物を持った異形の者たちが村を練り歩く。
秋田県男鹿半島に伝わる伝統行事「なまはげ」は、新年の訪れとともに山からやってくる神の使いと信じられています。
現在はユネスコの無形文化遺産に登録されているこの行事、由来についての謎を推察していきます。
なまはげ、その名の由来と広がり
「なまはげ」という名前は、一体どこから来たのでしょうか?
それを語る前に、実はこれに似た風習が秋田県だけでなく、東北・北陸地方にも、広く分布していることをご存じでしょうか?
岩手県の沿岸北部では「なもみ」、沿岸南部では「すねか」と呼ばれています。
石川県能登半島では「あまめはぎ」が有名です。
それぞれの共通点
時期的に大晦日や小正月(1月15日)に行うことが多いようです。
これらはだいたい似た風習で、奇妙で恐ろしい面を被り、藁で出来た装束で、各家庭を訪問して、子どもたちに脅し、または説教をして帰ります。
また、伝承地域は一部の例外を除き、海に近い山岳地帯のような場所に集中しています。
名称について
これらの名称ですが、だいたい全てにおいてその由来が同じです。
「なまはげ」はもともと「なもみ剥ぎ」の略称で、「なもみ」は火鉢やコタツに長時間あたることによって脚にできる「低温やけど」の斑点の事。
「あまめはぎ」の「あまめ」も意味は同じです。
岩手県の「すねか」は「すねかわたぐり」の略であり、正しくこれは脛の皮を剥ぐ行為そのものを指します。
「なもみ」も「あまめ」も、言わば怠け者の印であり、これを諫めるためになまはげ達は脛の皮を剥ぐということになっています。
なまはげの正体、その謎
なまはげとは、一体何者なのでしょうか?古くから人々に恐れられてきたその正体には、様々な説が唱えられてきました。
歴史的記録
江戸時代、菅江真澄が「牡鹿乃寒かぜ 」に記しているのが最古の記録と言われ、つまり、この風習は少なくとも江戸時代にはすでに成立していたこととなるのです。
正体についての諸説
彼らの正体については諸説紛々といったところですが、だいたい次のようです。
- 山の神(来訪神)
- 修験道者
- 異邦人説(漢の武帝とその部下)
伝承されている地域が海沿いの山岳地帯が多いことから、異邦人漂着説が有力である気もします。
江戸時代であれば通常、外国籍の船が難破して、乗組員が日本に漂着した場合、役人に捕らえられて長崎に移送され、強制出国となっていました。
中にはそこから遁走して人里を避け、手近な山に逃げ込む者もいたことでしょう。
これで、沿岸の山中に見慣れない風貌の人間が隠れ住むという「異形の存在」の条件が揃います。
しかしながらこれらのどれもが「脛の皮を剥ぐ」こととは直接の関係が見えません。
最大の謎、脛の皮を剥ぐ行為と正体の関係
皮を剥ぐという行為は残虐でありながら、しかし効率的ではありません。
怠け者を戒めるだけであれば、わざわざ脛の皮を剥いだりしなくても、別の方法がありそうです。
しかるに、この「脛の皮を剥ぐ異形の者」というイメージは広く定着しています。
最大の謎がこの皮剥ぎ行為なのですが、前述の正体の説、3者には直接結びつく理由が見当たりません。
何か重要なファクターが抜け落ちているのです。
これまでのところ、なまはげの名前の由来と正体の関係について、言及された研究は無いようです。
ここで一度「脛の皮を剥ぐ行為自体」を見つめ直してみます。
「怠け者を戒める」という理由は実は後付けで、別の理由で「皮剥ぎ」が先にあったのでは?と疑ってみます。
合理的な理由があると仮定してみると、ある可能性が浮かび上がってきます。
大胆な仮説
皮を剥ぐ行為ですぐに思いついたのは、狩猟による獣の解体処理です。
熊でも鹿でも、獲物を捕らえて食料にするだけではなく、毛皮まで利用するのであれば、まず皮を剥ぎ取ることから始めます。
狩猟をしている人であれば理解していると思いますが、獣の全身の皮を剥ぐ場合、四肢の先、つまり人で言うところの手首足首にあたる部位を切り落とすか、ぐるりと切れ込みを入れます。
次にこの切り口を起点として、たいてい後ろ脚から皮を剥いでいきます。
つまり人間でいうところの「脛」部分から皮を剥ぐのです。
マタギ衆
狩猟を生業にしている人々といえばマタギの存在がありますが、その発祥は秋田県の阿仁地区です。
日本では江戸時代まで仏教の影響で、獣の肉食という行為は長い間タブーとされていました。
したがって、マタギという人々は当時かなり異端です。
彼らは東北を中心に広く活動していましたが、異端であるがゆえに、その故郷も、活動範囲も山林や、山岳地帯です。
獣を狩る者を見たことがない里の人間が、何かの拍子に山で彼らの生活の一端、特に皮剥ぎ行為を目撃したら、それは衝撃だったことでしょう。
また頭を落とされ全身の毛皮を剥がされた鹿の死体は、人のそれに酷似しています。
捕らえた獣の後ろ脚から皮を剥ぐ=人間の脛の皮を剥ぐ恐ろしい存在。
という連想もあながち無理もなし、と言わざるを得ません。
なまはげの正体とは?
なまはげの最古の記録が江戸時代であり、それ以前のものが存在しないようで、従って成立した理由がはっきりしていません。
あくまでも仮説の域は出ませんが、下記のように考察をまとめます。
- 沿岸の山間部に漂着した異邦人が逃げ込み、「異形・異相の山の住人」のイメージが出来上がった
- マタギ(狩猟民)が、山の中で獲物の解体を行い、その際、後ろ脚から皮剥ぎを行うことから目撃した者が「人の脛の皮を剥ぐ」ことを連想した。マタギは日本全国で活動していたが、特に東北でこの「皮剥ぎ行為」が目撃されることとなった。
これら2つが混ざりあい、なまはげのイメージが形成されたのではないかと推察しています。


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