臓器移植とホラーの関係性

当サイトは「Googleアドセンス」や「アフィリエイトプログラム」に参加しており広告表示を含んでいます。


臓器移植とは、身体的な障害や重篤な病気を抱える人々にとって、命を繋ぐための重要な医療技術だ。
しかしその一方で、この技術には、どこか人間の根源的な恐怖を刺激するものがあるのかもしれない。
その証拠に現代でもなお、移植にまつわる奇妙な鵜澤が後を絶たない。

最先端の医療に対する漠然とした不安によるものだろうか?
それとも私たちがずっと内に抱えてきた、より古く根源的な感覚によるものなのか?

目次

死者が部位に執着するのは創作だけ

移植手術を受けた後に起こる事がある、不可解な話を耳にしたことはあるだろうか?
これらの話は、大きく2つの類話に分けられる。

1つ目は、移植された部位を元の持ち主が取り返しにくるという筋書き。
幽霊やゾンビ等の何かしらの怪異となって現れて「その心臓は俺のだ」と迫るような話である。
このパターンは、いわゆる死者の執着がモチーフとなっており、創作ホラーでは定番だ。

通常であればドナー制度などを利用して同意の上で移植されるのだが、それは必ずしも生きている人間からだけではない。臓器移植という分野は、「人体を取引」といった噂と親和性が高く、そうした不安感や想像力が、こうした類の物語を生み出すのだろう。
とはいえ、これはあくまで創作の世界の話。実際にそんな霊が現れたという確証ある証言は存在しない。

移植を受けた後に起きる不可解な変化

本題はむしろこちらだ。
移植元の人間の性格や性質を受け継ぐといった筋書きである。

臓器移植を受けた人の中には、「好みが変わった」「性格が変わった気がする」という事例が報告されている。
例えば、以前は甘いものが苦手だった人が、突然チョコレート中毒になったり、穏やかだった人が怒りっぽくなったりすという。
中には死刑囚の心臓を移植され、殺人衝動に苛まれるようになったという極端な話もあるが、これは明らかに創作の域を出ない眉唾な話だ。

そういった現象はどうして起きるのかというのは、移植された臓器にも以前の人の記憶が残存しているからで、科学的には証明されていないが脳以外の細胞にも記憶媒体のようなものがあるという仮説がある。

「身体記憶」と呼ばれる現象をご存知だろうか。
これは体が無意識に覚えている反射的な動作や、トラウマ的記憶を意味する心理学的概念だ。
一方、仮説として「細胞記憶」という考え方もある。
これは臓器や細胞に、提供者の性格や記憶の痕跡が残っているというもので、科学的な裏付けは今のところ存在しない。

専門家ではないので推測の範疇だが、科学的にいえば患者の身体が臓器に適合しようとして、なにかの影響が出る。
他にも長い入院生活や投与される薬物の影響などなど。
直接的に移植の結果ではない事も考えられる。

穢れ

では腎臓移植に関してのホラー展開な物語が、なぜこんなにも多く創られ、否定ではなくそれっぽく感じられてしまうのか?
その背景には、人間が古来より感じて来た事が影響していると思うのである。
答えから先に言ってしまうと「穢れ」なのではないか?

他人の体の一部を、自分の中に取り込むのは、科学的に説明できる医療行為だとしても、深層心理のどこかで「禁忌」に触れてしまっているように感じられるのではないだろうか?
害がないと頭では理解していても、外部から取り込まれた生体物は異物として無意識に分類される。
ウイルスや細菌と同じく、「外から来た何か」という構造的な共通点が、拒絶や警戒の感情を呼び起こすのかもしれない。

科学的にも臓器移植には「拒絶反応」がつきまとう。
体が他人の臓器を異物として拒否する、この生物的な現象が、心の中でも何かを拒み、ざらりとした違和感を生む。
ある種当然な感覚とも言えるかもしれない。

科学とオカルト

臓器移植は間違いなく人命を救う技術だが、だがその一方で、私たちはそれを完全に安心して受け入れるには至っていない。医学的な根拠もあるが、科学がまだ説明しきれない、人間が太古から抱えてきた「穢れ」や「禁忌」の感覚が、ホラーを生み出している。

「穢れ」という言葉は日本文化でよく語られるが、「死や異物に対する忌避感」は人類に共通する普遍的な心理だ。
臓器移植にまつわるホラーは、こうした見えない汚染への不安が投影されたものであり、それは宗教や文化を超えて物語化されているだけなのだ。

面白かった?

平均評価: 3 / 5. 投票数: 1

投票がありませんよ、最初の評価をしてね!

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

思った事を何でも!ネガティブOK!

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

目次