「生まれついての悪」というオカルト

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犯罪は自らの所属する社会構造を破壊し、結局自身の不利益になる自滅行動だ。
人類は、最初はそれを犯した個体を社会(群れ)から、様々な手段で排除するだけだった。
だが、やがてそれだけでは立ちゆかなくなった。

これに対処する防衛装置が、信仰による教義であり、道徳であり、集落内での交流そのものである。
経験的に続けられたこの防衛だが、近現代に入り、とある天才の手によって「科学的」な説が提唱された。

「生来性犯罪者説」

これは「犯罪者となる者は、生まれつきその性質を外見的に持っている」という仮説である。
これを用いれば犯罪者は、それを実行する力も抵抗力もない赤ん坊の時期に排除可能だ。全ての犯罪が予防できるではないか。

その仮説が、正しいなら。

目次

生来性犯罪者説とは

生来性犯罪者説を提唱したのは、イタリアの精神科医チェザーレ・ロンブローゾである。
彼は1876年に『L’uomo delinquente(犯罪人)』を発表した。

これは彼が、盗賊の頭蓋骨を観察し、下等で乱暴なケダモノとの類似点を見出したことが、インスピレーションの発端になっている。
このインスピレーションは、当時最先端の精神医学、骨相学、犯罪統計学、ダーウィンの進化論などに影響を受け、研究された。

結果彼は、犯罪者には身体的特徴が表れるとして、以下の18項目の特徴を挙げた。

  • 小さな脳
  • 厚い頭蓋骨
  • 大きな顎、顎の前方への突出
  • 低い額
  • 高い頬骨
  • 平らな鼻、または上向きの鼻
  • 取っ手のような形をした耳
  • 鷹のような鼻
  • 肉付きのよい唇
  • 異常な歯並び
  • 厳しい目つき、泳ぐ目線
  • 毛深さ
  • ひげが少ない、またはない
  • 下肢に比べて腕が長い

これらの特徴が示すイメージは「原始人」「未開人」であり、「先祖返り」によって「下等な性質」を取り戻した、という理屈である。
この仮説は論争を呼びつつもそれなりに受け容れられ、小説家の人物造型に使われたり、優生学として政治に採り入れられたりした。

生来性犯罪者説は、反証済み

進歩し優れた現代人である我々は、18世紀の野蛮人ではないので、身体的特徴如きが犯罪者になる原因ではないと知っている。
原始人への先祖返りなどはもってのほかであり、そもそも原始人の方が暴力性が低いという説もある。

犯罪の要因は様々なものが絡み合っており、身体的特徴1つで説明が付くようなものではない。
そもそも「犯罪」の定義自体が政治と共に変化する。

たかだか50年前と現在を比較しただけでも、犯罪になるものとならないものが変わっている。
例えば、当時合法だったのに現在は違法になっているドラッグは山のようにある。
ストーカーも犯罪化されたものの1つだ。
ゲームソフトのコピーも法整備される前は合法に近い雰囲気だった。
身体犯罪に限っても、教育現場などで殴打は日常茶飯事で、これが罪として立件されるのは致命的な怪我を負わせた時だけだ。

場所を変え、戦時下の国家であるなら、敵国人を殺傷しても罪にならない。
所属する共同体によっては、無差別の大量殺害すら誉れとして讃えられる。
結論は、「生来性犯罪者説」は、既に反証済みの仮説である、というところだ。

全裸ガンベルトだけど、生まれついての正義?

蘇る生来性犯罪者説

しかし、生来性犯罪者説は滅んではいなかった。
生来的に犯罪者がいるという考え方は、実に人の心をときめかせるもののようだ。

ここ数年「ケーキが切れない」という罵倒語がネット界隈で広まっている。
これは「ケーキを綺麗に3等分出来ないような、生まれつき知能の低い犯罪者予備軍」という意味になる。
元ネタは一応、2022年に新潮社から出版された『ケーキが切れない非行少年たち』(著:宮口幸治)であるが、曲解である。
当然、本著内の主張は上記の罵倒を肯定するようなものではない。

これはどういう事だろうか。
21世紀の人類は、生来性犯罪者説は卒業したのではなかったか。
先祖返りを起こした一部のネットユーザーが、18世紀並の知能になってしまっているのだろうか?

もちろん、そうではない。
この愚かな行動理由の1つは、不明への恐怖である。

「分からない」はオカルトに

犯罪者の発生原因は、非常に複雑なものであり、大半の人々にとって考えても答えに辿り着けない命題だ。
何だか知らないが発生する、天災のようなものだ。
平凡な人々に「何だか知らない」は耐えられない。だから理由を求め、レッテル張りが発生する。

こういう時、どうすべきか。
いや、どうやっていたのか。

オカルトの出番である。

オカルトで結論付ければ、「分からない」という不明状態が解消できる。
例えば、犯罪者には悪鬼や悪魔の類が乗り移ったと考える。それを呼び寄せるのは、好ましくない行動や不誠実な態度だ。
この認識に立てば、どんな姿の者も、どんなに知能に劣る者も、犯罪者と無闇に結びつける事はない。
無垢な赤ん坊にいきなり悪魔が憑く事もなかろうから、頭蓋の形が犯罪者風だから直そう、なんてトンチキは起こらない。

ネットの向こう側の相手に対し「お前悪魔憑いてそう」とは、ナウい21世紀人としては言いにくい。
オカルトは、上手く使えば心を静かに落ち着かせてくれる。

付かず、離れず

人の心は弱く、不明なものに出会えばたちどころにそれっぽい嘘に騙される。
こういう時は、オカルトを1本キメておけば、そこそこ良い感じに振る舞えるものだ。
本当にきちんと正しい事、納得出来る事が信頼出来る科学から出て来たら、オカルト氏にはお帰り頂くと良い。

チェザーレ・ロンブローゾ氏も、自分がオカルトに踏み込んでいると気付いていれば、その後の被害も出なかった可能性はある。
案外、全部分かった上で、何らかの相手を攻撃するためだったのかも知れないが。
悪魔が憑くなどして。

参考
ウィキペディア チェザーレ・ロンブローゾ / 境界知能 / ケーキの切れない非行少年たち

※画像はイメージです。

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