オックスフォードアパートメント~ジェフリー・ダーマーの神殿

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天下に悪名を鳴らす殺人鬼たちがいる。ある者は手にかけた人数で、ある者は殺しの嗜好性で、またある者は殺害動機で強烈なインパクトを残す。邪悪な欲望に支配されたモンスターでありながら、ときに神格化されたりする。他者のダークサイドに魅入られるのは、どうやら人間の性らしい。

連続殺人という犯罪に関心のある方なら、ジェフリー・ダーマーという名をご存知だろう。これまでに何度も映画化され、ドラマ化もされてきた、ビッグネーム中のビッグネームだ。
知的で落ち着いた物腰に端正な顔立ちをした彼には、ダーマーガールズと呼ばれるファンからのプロポーズの手紙が殺到した。人気歌手アリアナ・グランデの「ダーマーは本当に魅力的」発言が巻き起こした炎上騒動も記憶に新しい。
女性たちだけではない。犯行動機に共感を示す男性も多かった。法廷証言を求められた犯罪心理学の専門家ですら、「それほど悪人じゃない」と口をすべらせたほどだ。
同情を誘いやすいキャラクターなのだろう。求めていたのは人のぬくもりだけ。ただ、それを得ようとした手段が狂気に満ちていた。

孤独というものが、これほどまでに人の心を破壊することがあるのだろうか。ホモセクシュアル、ネクロフィリア、カニバリスト、シリアルキラーという四つの顔をもつ彼は、人の愛し方を知らなかった。殺すことでしか他者とつながれなかったのだ。
今回は、リアルタイムの報道で事件を知り、もっとも衝撃を受けた殺人鬼を取り上げる。
殺害後の異常行動と突出した猟奇性がクローズアップされがちな本事件ではあるが、その陰で、有色人種や性的マイノリティへの差別・偏見という米社会の欠陥が浮き彫りになった悲劇でもあった。
ミルウォーキー警察当局を擁護するつもりはない。しかし、この事件と対峙しなければならなかった彼らの恐怖を想像すると、複雑な思いが残る。

目次

ダーマーする

コネラクが目をさましたとき、時計は午前0時をまわっていた。14歳の彼にとって、それは最後のチャンスだった。
このままでは殺される。この死の館から逃げださないと、僕の頭蓋骨もコレクションにされてしまう。
あの金髪男はどこだ? 「モデル代を払うから、写真を撮らせてくれ」と僕を誘い、ここに連れ込んで、睡眠薬入りのコーヒーを飲ませたあの男は? あいつは狂ってる。優しそうな顔をして、まさかこれほどヤバいやつだったとは。
彼は全裸であることも忘れて、薬効の残る身体でアパートメントの部屋を抜けだした。

午前2時、ミルウォーキー市警察に1本の通報が入る。
「もしもし、警察? こんな夜中に、男の子が裸で徘徊してるんだけど。なんだかようすがおかしいのよ。なにかにおびえてるみたい。誰かに襲われたのかしら」
通報したのは近所に住むサンドラ・スミスという黒人女性。サンドラと従姉妹のニコールらが少年を助けようとしていると、パトカーが到着した。
少年は朦朧として、警官の質問に要領を得ない。英語ではない言葉でぶつぶつ独り言を言っている。肛門からは出血しており、なにがあったのかは一目瞭然。おまけに薬物の影響もみてとれる。

——おい、みろよ。ポリ公だぜ。なんかあったのか?
路上でクラックを吸っていた不良たちが集まってくる。そのとき、ブロンドのハンサムな白人青年があわてて駆け寄ってきて、こう説明した。
「すみません、ご迷惑をおかけして。僕はそこのアパートの者なんですが、ちょっとビールを買いにでかけていたもので。この子は恋人なんです。ラオス人だから、英語がよくわからないんです。ふたりで飲みすぎて、えーと、そのう、けんかをしてしまって。それだけのことなんです。本当にすみません」
——なんだ。ゲイカップルの痴話げんかか。

「ちょっと待ちなさいよ。あんたの恋人ですって? その子、いくつなの?」
児童性虐待を訝しんだサンドラがくってかかる。
「19です」
「19歳? どうみても4~5歳若いけど」
「アジア系は若くみえるんですよ」
「まあ、まあ。とりあえず、部屋を改めさせてもらいますよ」
アパートメントのドアを開けると、明らかに異臭がする。
「なんですか、この臭いは?」
「冷蔵庫が故障して、冷凍しておいた肉が腐ってしまって」

結局、警官は通報者の黒人女性ではなく白人青年の話を信じて、少年を彼に引き渡した。「事件性なし」と判断して引きあげてしまったのだ。
同性愛者同士のトラブル。それは警察にとって、できることなら触りたくないデリケートな腫れ物だった。
すみませんね、お嬢さん。個人の性的嗜好に立ち入るわけにはいきませんので。民事不介入というやつですよ。ご協力ありがとうございました。

このとき彼らが怠ったのは、異臭の調査。
このとき彼らが知らなかったのは、白人男性が保護観察中だったこと。
このとき彼らが見逃したのは、奥の寝室に横たわる黒人男性の遺体。

パトカーが立ち去ったあと、男は少年の頭部に電動ドリルで穴を開け、頭蓋骨を記念品としてクローゼットに加えた。コネラクは、3年前に男が性的虐待を加えた少年の弟だった。
この白人青年の名はジェフリー・ダーマー。そして、この部屋こそ「ジェフリー・ダーマーの神殿」として犯罪史に名を残すことになるオックスフォード・アパートメント213号室。

夜明け前

ジェフリー・ダーマーは、1960年5月21日、父ライオネルと最初の妻ジョイスの第一子としてウィスコンシン州ミルウォーキーに生まれた。のちに化学者となる父親は、当時は修士課程で分析化学を学ぶ院生で、生活は不安定だった。
癇癪もちで鬱病の気があった母親はつわりもひどく、医師の処方薬を1日に26錠も飲むことがあった。この妊娠中の服薬がジェフリーの胎内での発育に悪影響を与えたのではないかとの見方があるが、因果関係は明らかになっていない。
父親は学者肌のインテリで、人の気持ちを察したり、愛情を表現したりするのが苦手なタイプ。
なによりも、彼らはまだ若かった。
「いま思えば、わたしも妻も子どもをもつ覚悟ができていなかった」
後年、父は悔恨の涙を流す。

出産後、ジョイスは情緒不安定になり、日がな一日ベッドですごすようになる。夫との衝突も絶えず、夫婦仲は険悪の一途をたどる。最終的に離婚にいたる結婚生活のなかで、ライオネルは家庭から逃げるように学業に没頭し、家を空けることが多くなった。彼には研究室という避難場所があったのだ。
家庭を顧みない夫に妻はしばしばヒステリーを起こして、あるときはナイフで切りつけ、あるときは自殺を図った。
父と母のあいだの絶え間ない緊張と諍いにさらされてきたジェフリーは、「幼いころから、家族の絆というものに自信がもてなかった」とのちに吐露している。

数年後、博士号を取得したライオネルが企業の研究員として就職すると、一家は仕事の都合で各地を転々とするようになる。幼いジェフリーは新しい環境になじめず、他の子どもたちのなかで孤立感を深めていく。ある教師は、「ダーマー家には父親の不在と母親の病気による育児放棄があり、その兆候は第二子を授かってからひどくなった」と当時を振り返る。
弟のデイヴィッドが生まれると、母の愛情はデイヴィッドに注がれた。家のなかで自分の居場所を見いだせなかったジェフリーは、ソファにぽつんと座ったまま、何時間もぼーっと窓の外をながめるという奇妙な行動をみせはじめる。

狂気の萌芽

内向的な少年に成長したジェフリーは、ひとりで遊ぶことが多かった。愛犬を抱いて無邪気な笑顔をみせる写真のなかの少年とミルウォーキーの食人鬼はどうしても結びつかないが、幼少期から気になる兆候がみえていたことは無視できない。
それは、「生き物の死骸」に対する執着だ。
4歳のとき、家の床下で小動物の骨の山が見つかった。そこを食事場にしていた野生動物の置き土産だったのだろう。父が床下にもぐりこんで骨をかき集め、捨てようとしたそのときだった。
たいていの子どもであれば気味悪がるであろう動物の骨を、彼は興味深そうにみつめている。そして骨を1本ずつつかんでは地面に叩きつけ、砕ける音になんともいえない恍惚の表情をみせたのだ。

子どもの無垢な好奇心だったのだろうか、それとも彼のなかに潜む病理の目ざめだったのだろうか。
それからというもの、森や交通量の多い道路を自転車でうろついては動物の死骸を採集するようになった。それらが腐乱していても、臭いはまったく気にならない。父から贈られた昆虫採集キットを使い、薬品で肉を溶かして骨を取りだしたり、庭で解剖したりして、どきどきしながら体の構造や動く仕組みを確かめた。ホルマリンの瓶のコレクションは日に日に増えていった。
死んだ野良犬の首を杭に突き刺したモニュメントもこしらえた。森のなかの骨塚は、孤独な彼の秘密のサンクチュアリになった。
彼はどこで道を誤ったのだろう。解剖学や法医学のスペシャリストにだってなれたはずなのに。

思春期を迎えると、異性ではなく同性に惹かれる自分に気づいて愕然とする。70年代の米社会は、性的マイノリティに対して今ほど寛容ではなかった。ホモセクシュアルであることの生きづらさは現在とは比べものにならない。
高校時代にはIQの高さで周囲に一目おかれるが、情緒が落ち着かないため成績は振るわない。このころから、「意識のない男の隣に横たわりたい」「男をバラバラにしてみたい」という欲望が頭をもたげ、それらを振り払うために酒に溺れるようになる。両親の不和に加え、自身のホモセクシュアリティという口にするのもはばかられる悩みにさいなまれ、奇行も目立ちはじめた。
アルコールへの逃避と奇行は、内向的な彼が発した精一杯のSOSだったのかもしれない。

1978年、家庭裁判所で泥試合をつづけていた両親が離婚する。
そしてジェフリーがついに一線を超える日がやってくる。

最初の殺人

高校卒業を間近に控えた1978年の初夏。
父はすでに家族を捨てて愛人のもとへ走り、母もまた、「耐え難い虐待と完全な義務の放棄」を理由に父を訴え、デイヴィッドを連れてでていった。家には自分ひとりが残された。父にも母にも自分への愛情はないと確信したことだろう。
裁判所は、「これ以上、夫婦でありつづけるのは難しい」として両親の離婚が確定。ジェフリーは18歳であったため、養育に関してはノータッチだった。この国では、ほとんどの州で18歳は成人とみなされる。

運命の分かれめがあったとすれば、この1978年の夏だったように思えてならない。もしこの夏に大人たちがジェフリーのSOSをキャッチして目を利かせていれば、彼は殺人衝動を解放することなく、なんとか社会の枠組みに踏みとどまることができたかもしれない。アル中のろくでなしだって、お天道さまの下を胸を張って歩けるのだ。

高校卒業を孤独のうちに迎えてしばらくたったころ、スティーヴンという10代のヒッチハイカーと出会う。車に乗せてやり、話してみると、音楽の趣味が合う。好みのタイプでもあったことから、「うちで一緒に飲まないか」と誘ってみた。
スティーヴンはついてきた。ふたりで音楽を聴き、酒を飲みながら、家族で住んでいたころの思い出を語って聞かせた。スティーヴンはゲイではないが、いいやつだった。

——へえ。おたくみたいな優等生タイプにも悩みはあるんだな。けど、俺にくらべりゃマシだよ。うちの親父ときたらさ……

人と交わり、心を通わせることの喜びがこみあげた。ところがスティーヴンが時計を気にしだし、帰りたそうな素振りをみせる。

——おまえも俺をおいていくのか。いやだ。

パニックに陥ったジェフリーは、そばにあったダンベルをとっさにつかみ、彼の後頭部めがけて振り下ろすと、首を絞めて殺した。
内なる怪物がめざめたのは、まさにこの瞬間だったにちがいない。
横たわるスティーヴンの衣服を脱がすと肛門を凌辱し、ナイフで腹を切り裂いた。そして、あふれでる鮮血をすくっては全身に浴び、内臓を床に広げて、その上をゴロゴロと転がりながら絶頂に達した。ひと通り楽しんだあとで遺体を解体し、頭部以外は近くの森に埋めた。

みずからの手で人を殺めた。激しく動揺はしたものの、このうえない性的快感を得られたのも確かだった。彼は罪悪感から逃げるために、いっそう酒を浴びるようになっていく。

9年間の空白期間

わが子が殺人者になったことを知るよしもない父は、ある日、再婚した妻シャリを連れてジェフリーのもとを訪れる。
そして、息子がアルコールに依存していること、前妻が次男とでていったことを知ってショックを受ける。なんとか立ち直らせようとカウンセリングを受けさせて、オハイオ州立大学にも進学させるが、自暴自棄な酒浸りの人間がまともに学生生活をおくれるはずもなく、まもなく退学勧告を受けてしまう。

つぎに父は陸軍への入隊を提案。言われるがままに入隊するが、途中で訓練に挫折。紆余曲折を経てドイツ(当時は西ドイツ) のバウムホルダー米空軍基地に配属される。
しかし、またもや酒浸りの日々となり、兵役満了を待たずして除隊。なお、ドイツに駐留していた時期に基地周辺で5件の未解決バラバラ殺人事件が起きているが、彼の犯行を疑う声は多い。

除隊後は父に合わせる顔がなく、フロリダで日雇い仕事にありつくも、生活費が底をついてオハイオの自宅に戻る。
大学に行かせてもだめ、軍隊に入れてみてもだめ。途方に暮れたライオネルは、元教師で敬虔なクリスチャンの実母に預けてみることにした。この父親はいつだってこうなのだ。息子ととことん向き合うことをせず、肝心なところで人任せにして放りだす。
ジェフリーはミルウォーキーの祖母のもとに身を寄せて、チョコレート工場で働きはじめる。しかし生活は落ち着かず、バーで泥酔して他の客とけんかをしたり、公衆の面前で性器を露出したりするなどの警察沙汰が絶えなかった。

そんななか、鳴りを潜めていた狂気がふたたび頭をもたげる出来事が起こる。

消えない怪物

1986年のことだった。図書館で読書をしていると、見知らぬ男がこんなメモをよこしてきた。
「トイレにきな。フェラさせてやるよ」
この瞬間、なぜか激しい衝動がこみあげた。誘いには乗らなかったが、いつかの怪物が自分のなかでうごめくのを感じた。
しかし人を殺めたトラウマから人間には手をださず、彼なりに自制を試みる。欲望のはけ口は盗んだマネキンであったり、新聞の訃報欄でみつけた葬儀会場の遺体であったりした。
しかし、欲望はエスカレートするものだ。当然のように生きた人間が欲しくなる。ゲイの溜まり場に足を運ぶまで、そう時間はかからなかった。ほどなくして、彼の手は9年ぶりに血で染まる。

第二の被害者もスティーヴンという名の白人青年だった。彼とはクラブ219で知り合い、ホテルで一夜をともにした。
ところが翌朝目をさますと、スティーヴンが血を流して死んでいる。その顔には殴られた痕があり、ジェフリーの手も赤黒く腫れていた。泥酔していたのでまったく覚えていないが、自分が殴り殺したことは明らかだ。

二度めは手慣れたものである。スーツケースを購入すると、遺体を入れて祖母宅に運び、ひとまず地下室に隠した。つぎにそれを解体しながら自慰行為にふけり、最終的には生ゴミとして処分した。
この事件をきっかけに、怪物は制御不能になる。すべての欲求を叶えるために突き進みはじめるのだ。
そして、われわれの知るミルウォーキーの食人鬼がいよいよ覚醒する。

ルーティンの完成

以降のジェフリーは、街角やゲイバーで好みの男を探す→報酬を飴玉にヌードモデルを頼む→自宅に誘う→睡眠薬入りの酒で眠らせてから絞殺する、という初期のルーティンワークを確立していく。手口が安定するまでには彼なりの試行錯誤があったわけで、つまりは
数をこなしたということだ。
遺体はすぐには解体せず、数日間そのままにして屍姦する。解体の工程を写真におさめ、頭部と男性器はお楽しみのためにとっておく。それらを常に携帯し、勤務先のロッカーにも保管していたというのだから、相手を片時も離さず手元においておきたかったことがわかる。

さて、そのころ祖母は、たびたび男を連れ込む孫と地下室からただよう異臭に気が気ではなかった。報告を受けたライオネルは、これ以上母に預けておくわけにもいくまいと、息子に一人暮らしを促す。野獣が野に放たれた。
1988年9月、北24番街808番地のアパートメントに引っ越した翌日には、ケイソン・シンサソンフォンという13歳の少年を部屋に連れ込み、性行為におよんだ。前述のコネラクの兄である。
このときは、なんとか脱出に成功したケイソンが警察に駆け込んだため、逮捕されてしまった。しかし、比較的軽い第二級性的虐待の罪にしか問われず、1年間の刑務所外労働と5年間の保護観察処分という判決が下されただけだった。これはつまり、平日はチョコレート工場で働き、夜と週末だけ刑務所ですごすことを意味する。当時は今よりも、有色人種や性的マイノリティに対する犯罪行為には寛大な処罰が下される傾向が強かった。ジェフリーは白人であり、白人は優遇される風潮があったのだ。

ライオネルは息子の仮釈放に反対し、「最後まで治療プログラムを受けさせてほしい」と当局に嘆願するが、真面目に刑に服しているとして却下されてしまう。
1990年3月に仮釈放になると、今度は貧困層の多いスラム街に部屋を借りた。北25番街924番地にあるオックスフォード・アパートメント213号室である。新たな城に移ってまもなく、ジェフリーは男たちを狩りはじめる。もはや人の心を完全に失った、獲物を追う捕食者と化していた。

9月には黒人ダンサーのアーネスト・ミラーが標的になった。鍛えられた彼の身体があまりに魅力的だっため、心臓と上腕二頭筋と大腿部の肉を胃袋におさめた。食べた理由について、「相手を自分の一部にしたかった」と述べており、食べている最中に性的に激しく興奮したと明かしている。嗜好にカニバリズムが加わった。
さらには理想の恋人も思い描いた。自分をけっして拒絶せず、否定せず、逃げだすことのない恋人。意志をもたない、人形のような存在。一夜だけでなく、永久に自分の支配下にとどめておける性の奴隷。それはつまり、生きたラブドールにほかならない。ジェフリーは、この恐るべき発想を現実のものにするために行動を起こす。

1991年4月7日に213号室へ招待されたのは、エロール・リンゼイという19歳の黒人だった。ジェフリーは彼にロボトミー手術を試みて、生きたまま電動ドリルで頭に穴を開け、塩酸を流し込んだ。もちろん手術がうまくいくはずもなく、試みは失敗。
それでも懲りない彼は、以降も黒人男性やアジア人の少年などを標的に同じ行為をくり返し、犠牲者の数を増やしていく。

このころになると、アパートメントの住人は、213号室から漏れでる強烈な臭気やチェーンソーの騒音について管理人に苦情を訴えるようになっていた。家賃の滞納も重なったため、7月いっぱいで立ち退きを命じられてしまう。
このまま一般市民の仮面をかぶりつづけることは、もはや不可能に近かった。

お巡りさん、こいつです!

1991年7月22日の深夜、ミルウォーキー市警の巡査ロールとミュラーは定時巡回中、一人の若い黒人男性が半狂乱で道路に飛び出してきた。彼の片手には手錠がはめられたままで、明らかに助けを求めていた。

「お願いです、助けてください! あの男に殺されそうになったんです!」

男はトレイシー・エドワーズと名乗り、自分は拉致され、殺されかけたと証言。加害者は金髪の白人男性で、アパートの一室にいると訴えた。

警官らはエドワーズの案内で、ノース25番通りにあるオックスフォード・アパートメントの213号室を訪ねた。
呼び鈴を鳴らすと、整った身なりの白人男性が現れ、名はジェフリー・ダーマー。
部屋の中からは強い異臭が漂っている。

警官の質問に対し、ダーマーはエドワーズとのトラブルについて個人的な行き違いと述べ、部屋への立ち入りも許可した。
警官は手錠の鍵の所在を尋ね、指差された寝室へ向かった。
寝室を調べていると引き出しの中、無造作に放り込まれた多数のポラロイド写真を発見する。写っていたのは、切断された人体の部位や内臓、そして異様なポーズをとらされた裸体だった。

同時に台所に入ったもう別の警官が酷い匂いを不審に思い、冷蔵庫を開けると明らかに人間の頭部とわかる物体を発見。収納等からも複数の人体の一部が見つかり、すぐさまダーマーは拘束された。

以降の捜査で明らかになったのは、少なくとも17人の男性を殺害、遺体の一部を保存していた。
さらに恐ろしいことに、室内に食料らしい食料が見当たらない事から、ジェフリーは人肉嗜食者だということが判明する。人を喰らう殺人鬼は多くいるが、日常的に人を食らう人間はまずいない。

収監と死

ジェフリーが犯行内容を全面的に認めたため、裁判の争点は、精神疾患か、それとも正気のうえでの犯行だったのかに絞られた。陪審員は10対2で後者の評決を下し、ウィスコンシン州で犯した16件の殺人のうち15件で有罪となり、累計で936年の禁固刑が確定する。
事実上の終身刑である。同州に死刑制度はない。
その後、死刑制度存置州であるオハイオで起こした1件の殺人についても公判が開かれて、終身刑が下された。ジェフリーが法廷で述べた言葉を引く。

「裁判長閣下、これですべてが終わりました。この裁判で、僕は無罪になりたいと考えたことは一度もありません。自由も望んではおりません。誰も憎んではいません。この裁判は、憎しみで犯行におよんだわけではないこと知ってもらうための裁判でした。望んでいたのは死刑です。僕は悪魔なのだと思います」

この言葉が掛け値なしの本音なのか、法廷戦術だったのかはわからない。模範解答をはじきだすことなど造作ない。頭のよい彼なら、なおのこと。
被害者遺族には意見を述べる機会が与えられた。異例中の異例といっていいだろう。頭に穴を開けられた黒人青年、エロール・リンゼイの妹が罵声を浴びせながら被告人席に詰め寄る一幕もあったが、警官に取り押さえられ退場させられたのは彼女のほうで、ジェフリーは無反応・無表情のままだった。まるで、ここではない別の世界に心が旅立ってしまったかのように。

2年後、ウィスコンシン州ポーテージのコロンビア連邦刑務所で、彼はこう訴えた。
「孤独な独房は死ぬよりつらい」
ジェフリー・ダーマーほどの大物を他の囚人と接触させることは大きなリスクをともなう。ましてや、被害者の多くは有色人種だった。しかし彼は、「殺されてしまう」という弁護士の制止をふりきって一般ユニットに移る。

1994年11月28日、ジェフリーは撲殺されて34年の生涯を終えた。殺したのは、シャワールームを一緒に清掃していたクリストファー・スカーヴァーという黒人受刑者。クリストファーはジェフリーをバーベルのバーで殴打し、頭を壁に何度も打ちつけて殺害した。刑務官が席を外した、ほんのわずかのあいだの出来事だった。その場を離れた裏には、なんらかの意図があったのではないかと考えるのはうがちすぎだろうか。
遺体には防御痕がなかった。このことは、彼がいっさいの抵抗をせず、されるがままになっていたことを物語っている。

殺人鬼から学ぶこと

ジェフリーはこんな言葉を残している。
「バラバラになった彼らこそが、本当の仲間のように感じられた」

犯行の猟奇性というよりは、なにを考えて行動していたのかがまるで読めないところが恐ろしい。
若い男を次々に殺し、屍姦する。相手を永久に所有したくて、亡骸を解体して胃袋におさめる。くる日もくる日も人肉を食して暮らす。自分のもとをけっして去らない、生きたラブドールをつくろうとして、相手の頭に穴を開けて塩酸を注入する。
どこまでもくり返して、くり返して、くり返す。孤独感に押しつぶされ、満足できないままで。
人を殺した理由は「独りになりたくなかったから」。自分が殺された理由も「独りになりたくなかったから」。

こうした抑えがたい衝動がどこからくるのか、彼を深い闇の底につなぎとめていた病理はなんだったのか。「自分で自分がわからない」「自分の行動が説明できない」と本人が言うのであれば、誰かが分析するしかない。
生育環境、社会的孤立、性的マイノリティに対する社会の偏見、遺伝的要因、生まれもった殺人者の芽。
もっともらしい言葉をどれだけ並べても、それらがふわふわと上滑りするだけで、彼がここまでやらなければならなかった理由はわからない。ジェフリー・ダーマーをジェフリー・ダーマーたらしめる核にたどり着くことはできない。

人は理由を知りたがり、明確な結論をだしたがる生き物だ。しかし、明確な答えが常にあるとはかぎらない。この事件に答えがあるとしたら、常人の想像力など簡単に凌駕するところにあるのではないか。
それでよいのだと思う。殺人鬼の生理が手にとるようにわかったら、それはそれで物騒な話だから。

ジェフリー・ダーマーについて考えるとき、いつも思いだすシリアルキラーがいる。エドモンド・ケンパーをご存知だろうか。
IQが高く、愛のない機能不全家庭に育ち、殺した相手を屍姦して解体し、写真におさめ、食べ、死刑を望んだところはよく似ている。しかし、両者には決定的な違いがある。おのれの生き方がバカバカしくなり、みずから警察に足を運び、現在は模範囚として服役中、それがエドモンド・ケンパーだ。
ジェフリーは撲殺された。その所業に似つかわしい最期だと思う。しかし、もし生きていれば、エドモンド・ケンパーのような存在になれただろう。すなわち、連続殺人犯や猟奇殺人犯の行動原理の分析に塀のなかから協力する存在に。

ほとんどのシリアルキラーは闇に呑み込まれたままで止まっている。壊れたのは不幸な境遇のせいだ、自分は犠牲者なのだ、と。どうあがいても変えられない過去に支配されたままで。
一方で、闇に打ち克つ者もいる。そういう者はサヴァイヴァーとして生き直す。たとえ死刑執行までの短いときであったとしても。
犠牲者のままで止まっているうちは地獄の日々がつづくだけ。ジェフリー・ダーマーは、人の命を借りてそれを教えてくれているような気がする。

参考・出典:Wikipedia『ジェフリー・ダーマー』

featured image:English: Revere Senior High School, Public domain, via Wikimedia Commons

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