我が国で王朝が確認される弥生時代、その頃には、狩猟民族から農耕民族へと変貌を遂げて国家体制が確立されていた時代と言える。
それ以前から、各地に国はあったと考えられており、海に囲まれた島国である倭国も元は狩猟民族であったようだ。
しかし、魏志倭人伝に『倭人は水に潜って魚や蛤を捕っており、大魚や水鳥を避けるため、入れ墨をしている』という記載があるように、海の資源を活用しており、さらに、大きな航海ルートも確立していたということも分かってきている。
果たして、その海洋民族であった倭人は何者だったのか?
海を往来していた海人族・倭人
弥生時代以前から大和王権に仕え、それなりの地位を確立していた氏族に、安曇氏という神系氏族がある。
また、海人を『あま』と呼び、海部や安曇等の文字がある名や地名が日本に見受けられる。
この氏族のルーツが古代海洋民族であると言われており、日本の発展に良く貢献したと言う点が見受けられるのだ。
魏志倭人伝にもあったように、倭人は海にでて漁獲し、水産資源をよく利用することや交通手段において海とのつながりが深いということが分かっている。
現代日本人の生活にも、他の国民に比較して食事に多くの海の幸があり、水産資源に強く依存しているだろう。
海の神「大綿津見神」
日本神話に出てくる海の神様といえば、スサノオにもそのご神徳はあるが、「オオワタツミノカミ(大綿津見神)」がいる。
『ワタ』は海を意味する古い言葉で、『ツ』は『〜の』を表す助詞、『ミ』は神や神霊を表す言葉である。
つまりは『ワタツミ』は、『海の神霊』という意味となる。
オオワタツミは、日本神話では神産みの物語でイザナギノミコト・イザナミノミコトの夫婦神の間に生まれる海の神様だ。
実は「ワタツミ」という名を持つ神は、神話の中に複数存在している。古事記や日本書紀など、登場する作品ごとに漢字の宛名が違ったり、様々な別名があることも特徴である。
しかし、実態は謎が多く、神話に詳しく登場する神でもないのだ。
神話に登場する箇所として、一部に山幸彦・海幸彦伝承のトヨタマビメ(豊玉姫)の父であるワタツミノオオカミが同一神だと言われている。
先述の海人族の阿曇氏等は、ワタツミを祖神としているのだ。
日本各地で見つかる特産品
古代から日本では、翡翠、黒曜石などが採掘され生活で使用されたり、祭祀用の道具、装飾品として利用されていた。
翡翠は、現在の糸魚川周辺から良く取れたと言われ、黒曜石は火山地帯の各地で採掘されている。
これら、希少な鉱物などが、日本各地に広がっていることが調査によって分かっており、さらには海外へと運ばれた痕跡もあるとか。
縄文土器と同じものが、南米で見つかったという話もあり、海人である倭人の航海範囲は、世界に及んでいたのかもしれない。
日本の海人の血
日本神話であれば、ワタツミの娘・豊玉姫が火折尊(ほおり)に嫁いだことから、天孫族と姻戚関係があり血脈があると言え、大和の地のみならず、海に面した土地も支配下にあったということが分かる。
海人族の名を持つ、安曇比羅夫(あづみひらふ)は、白村江の戦いにて、海軍を率いた。
また、戦国時代の水軍で、志摩国を本拠とし九鬼氏に率いられた『九鬼水軍』は、海人族の末裔であり、戦の強さは並々ならぬものだったという。
海人は、倭国・大和王権に、航海ルート、流通・軍事・各地の情報網としての役割を大いに果たしていた民族で、日本各地に名を残し広がっているのだ。
われわれ日本人には、海はきっても切れない所縁あるもの。
そして海の神・航海の神・潮の神・水の神が多く存在するのも海が我々日本人に深く関わっているからなのだろう。
異例なのが長野県にある安曇野市で、海人の名が残る地名であるのに対して、信州中部と言う山の中なのだ。
ただ、そこには、湖に船を浮かべ、体当たりをさせると言う祭りが古来から伝わっている。
これは、海人の名残なのだろう。
※画像はイメージです。


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